記事・レポート
「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」
更新日 : 2009年03月10日
(火)
第11章 病気を治すというのは多様性との戦いである

北野宏明: 最近出てきたちょっと面白い治療の話をしたいと思います。さっきのがんの話もそうですが、病気を治すというのは多様性との戦いです。生物はものすごく複雑で多様性があるので、なかなか薬が効かないことが多くなってきました。
私の共同研究者の研究になりますが、ちょっと複雑なので簡単に説明します。がん細胞の場合、DNA合成をある程度止めたいわけです。そのとき例えば MTXという薬を使うと、ある特定の場所が抑制されてAという回路が遮断される。ところが多様性があるので、A回路を遮断しても、別の回路Bはまだ生きている。そうすると、この薬では効かない。じゃあ、もう1つ別のDHAという薬を使ってBを遮断する。でもやはりまだ別のCがあると。じゃあCを遮断するためにまた別の薬をというように、いろいろな薬を使わないと、どうもコントロールできないということが、最近分かってきました。
竹内薫: 今日、実は僕、遅れそうになったんです。理由は電車です。横浜を出ようと思ったら、「JRが止まっています」と。これはまずい!
でも見たら、東横線がありました。代替回路があったわけです。東横線の方にバーッと走って乗ったら六本木までちゃんと来られました。もし仮にそれがだめだったら、品川まで京急で行ってとか、いろいろな回路がたくさんある。それが多様性ということですね。それをどんどん切っていくというのが、今の薬の話と関係していますよね。
北野宏明: そうですね。我々は進化する過程で、いろいろな化学物質を体の中に取り入れているわけです。だからちょっと化学物質が入ったぐらいで回路が切れるようでは生きていけない。そういうのがちょっとあったとしても代替の回路がある、我々の体はそういうふうにできているのです。
竹内薫: がん細胞というのも、ある意味、ボーイング777みたいな感じで、非常にロバストになってしまっているということですね。
北野宏明: がん細胞だけではなく、正常細胞も同じ回路を持っているので、ちょっと難しいところもあるのですけれど、我々の体は根本的にそういうふうになっています。がんはそのメカニズムをハイジャックしているのです。我々のロバストネスのメカニズムをハイジャックしているから、非常に面倒なのです。
だから回路の1個が壊れても、大体信号はいくのです。ただ、ちょっと専門的な話ですが、MyD88という遺伝子がなくなると、自然免疫系は完璧に崩壊します。免疫系は進化的には割と最近できたシステムなので、まだあまりロバストじゃないんだと思います。
普通のマウスは感染すると炎症とかが出て、どんどん体の調子が悪くなってくる。24時間すると発症して、だんだん調子が悪くなって、でもそのうち治る。MyD88という遺伝子をノックアウトした、つぶしたマウスは感染させてもピンピンしています。1週間ぐらいピンピンしていたのに、突然、ボコッと死ぬ。解剖してみると病原体だらけです。
病原体に対して反応しないんですね。免疫の反応が起きないから症状が出ないのです。要するに発熱するなど何か症状が出るのは、免疫反応が起きているからです。免疫系がない場合には、特に感染症などの場合、病原体がどんどん増えているけれど、最初のうちは何にも反応しない。だから、すごく元気なのです。ところが、やはりいろいろ中身がグチャグチャになりますから、急におかしくなってきて、それでコロッと死んでしまいます。
竹内薫: ロバストネスの話は、組織論や会社の話なんかにも応用できるわけですよね。
北野宏明: そうですね。
竹内薫: そうすると、多分非常にロバストな会社では、大きな会社であるにもかかわらず、今みたいなところが1カ所あると非常にまずいですよね。
北野宏明: 会社によっては、社長がそこだったりするわけですよ(笑)。
(その12に続く、全23回)
私の共同研究者の研究になりますが、ちょっと複雑なので簡単に説明します。がん細胞の場合、DNA合成をある程度止めたいわけです。そのとき例えば MTXという薬を使うと、ある特定の場所が抑制されてAという回路が遮断される。ところが多様性があるので、A回路を遮断しても、別の回路Bはまだ生きている。そうすると、この薬では効かない。じゃあ、もう1つ別のDHAという薬を使ってBを遮断する。でもやはりまだ別のCがあると。じゃあCを遮断するためにまた別の薬をというように、いろいろな薬を使わないと、どうもコントロールできないということが、最近分かってきました。
竹内薫: 今日、実は僕、遅れそうになったんです。理由は電車です。横浜を出ようと思ったら、「JRが止まっています」と。これはまずい!
でも見たら、東横線がありました。代替回路があったわけです。東横線の方にバーッと走って乗ったら六本木までちゃんと来られました。もし仮にそれがだめだったら、品川まで京急で行ってとか、いろいろな回路がたくさんある。それが多様性ということですね。それをどんどん切っていくというのが、今の薬の話と関係していますよね。
北野宏明: そうですね。我々は進化する過程で、いろいろな化学物質を体の中に取り入れているわけです。だからちょっと化学物質が入ったぐらいで回路が切れるようでは生きていけない。そういうのがちょっとあったとしても代替の回路がある、我々の体はそういうふうにできているのです。
竹内薫: がん細胞というのも、ある意味、ボーイング777みたいな感じで、非常にロバストになってしまっているということですね。
北野宏明: がん細胞だけではなく、正常細胞も同じ回路を持っているので、ちょっと難しいところもあるのですけれど、我々の体は根本的にそういうふうになっています。がんはそのメカニズムをハイジャックしているのです。我々のロバストネスのメカニズムをハイジャックしているから、非常に面倒なのです。
だから回路の1個が壊れても、大体信号はいくのです。ただ、ちょっと専門的な話ですが、MyD88という遺伝子がなくなると、自然免疫系は完璧に崩壊します。免疫系は進化的には割と最近できたシステムなので、まだあまりロバストじゃないんだと思います。
普通のマウスは感染すると炎症とかが出て、どんどん体の調子が悪くなってくる。24時間すると発症して、だんだん調子が悪くなって、でもそのうち治る。MyD88という遺伝子をノックアウトした、つぶしたマウスは感染させてもピンピンしています。1週間ぐらいピンピンしていたのに、突然、ボコッと死ぬ。解剖してみると病原体だらけです。
病原体に対して反応しないんですね。免疫の反応が起きないから症状が出ないのです。要するに発熱するなど何か症状が出るのは、免疫反応が起きているからです。免疫系がない場合には、特に感染症などの場合、病原体がどんどん増えているけれど、最初のうちは何にも反応しない。だから、すごく元気なのです。ところが、やはりいろいろ中身がグチャグチャになりますから、急におかしくなってきて、それでコロッと死んでしまいます。
竹内薫: ロバストネスの話は、組織論や会社の話なんかにも応用できるわけですよね。
北野宏明: そうですね。
竹内薫: そうすると、多分非常にロバストな会社では、大きな会社であるにもかかわらず、今みたいなところが1カ所あると非常にまずいですよね。
北野宏明: 会社によっては、社長がそこだったりするわけですよ(笑)。
(その12に続く、全23回)
※この原稿は、2008年7月3日に開催したRoppongi BIZセミナー「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」を元に作成したものです。
※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。
関連書籍
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北野 宏明, 竹内 薫オーム社
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