記事・レポート
「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」
更新日 : 2009年01月26日
(月)
第8章 我々が病気になるのは進化の必然
北野宏明: トレードオフがあるのは生物も全く同じで、進化的にどうもそういうことが起きています。これは、人はなぜ病気になるかということです。
『太りゆく人類』というすごく面白い本があるので、みなさん読まれたらいいと思いますが、僕はこの本の表紙になっている写真が好きなんです。アメリカに行くと、いかにも出くわしそうな写真ですよね。ものすごく太っていて自分の足元を見るのもおぼつかないような人が、さらにコークを飲もうと思って自販機の前に立っている。本当にあり得る光景ですね。
それから『Why We Get Sick』という本ですが、これもすごく面白い。ダーウィン医学、進化医学というのが何年か前から言われていますが、要するに「我々が病気になるのは進化の必然である」ということです。
ロバストネスの理論でも全く同じことが言えるんです。がんなどもそうなのですが、例えばメタボリック症候群なんかも。みなさんの中にも、メタボリックシンドロームを気にす方が……
いるかもしれませんね。
竹内薫: これは結構気になります。というのはこの間、人間ドッグに行ったら「竹内さん、メタボですね」って言われて。なので、今ちょっとトレーニングしているんです。
北野宏明: それはロバストネスの話なんですよ。メタボリックシンドロームというのがどうしてできてくるかというのをお話しましょう。
ハイポグリセミアといいますが、血糖値が低いときには、すい臓からグルカゴンというのが出て、「いろいろな細胞からグルコース、血糖を出せ」というような指令がどんどんくるわけです。脂肪細胞や肝臓などに糖分はある程度蓄えられていますから、足りないときには糖新生といって、そういうところからどんどん糖が出てくる。それで血糖値を上げてくるのです。
逆にハイパーグリセミア、血糖値が高い場合にはインスリンが出てきて、脂肪細胞や筋肉細胞がグルコースをどんどん取り込むので血糖値が下がるのです。
これが血糖値の制御システムで、血糖値の変動に対してかなりロバストなわけです。細かいところは議論しませんが、大体5つの制御系があるということが分かってきました。問題は、この5つの制御は基本的に「血糖を上げる方向の制御」は強いのですが、「血糖を下げる制御」というのは構造的にあまり強くないんです。
なぜかそうなっているのかを考えると、1つはリスクが非対称なんです。血糖値はある一定レベルより低くなってしまうと、すぐに失神して、数分の勝負になります。ところが血糖が高い場合は、緊急を要する症状もいくつかはあるのですが、それは非常に稀で、多くの場合、血糖値がちょっと上がっても、すぐにどうこうということはないのです。10年、20年経ったときにどこかおかしいということになるわけです。
これより低血糖はアウト、でも高血糖でも当面は大丈夫となると、制御はどちらに向かうでしょうか? 我々のメカニズムでは、血糖値は高くなりがちなのです。
もう1つ、進化的な理由があります。進化的というのは何万年ということですが、我々は飢餓に近い状態でたまに食べられる、食べるためには狩をするか農作業をするか人から盗むかしかないので、基本的に高エネルギー消費生活でした。しかも病原体がたくさんいるし、捕食者、猛獣から防御しなければいけませんでした。これが我々が進化してきた環境です。
これに対してロバストなシステムに我々はなっているはずですし、実際なっているわけです。ところが現代の生活スタイルは、豊富な食品がある、車でコンビニやファーストフードショップに行けばガンガン食べられるという低エネルギー消費生活です。しかも病原体もあまりない。これは想定外ですから、こうした環境に対して我々は脆弱なんです。
なぜ、こういう進化的な状況に対してロバストだと糖尿病になりやすいのかに関して一つの仮説をお話します。
血管内のグルコースが高くなるとインスリンが出てきます。先ほどの説明通り、インスリンが出ると脂肪細胞、骨格筋細胞がどんどんグルコースを取り入れ、血糖値が下がります。ところが糖分を使うのはこれだけではないのです。神経細胞や自然免疫系、マクロファージなどの細胞もグルコースが必要なのです。グルコースがないと神経細胞や免疫細胞の活性度が落ちたり、死滅しやすくなったりします。これは非常に重要なんです。
というのは、神経細胞というのは、例えば先ほどの話に出てきた捕食者がいるとか、そういうときにはシャキッとしていないと逃げられません。自然免疫系というのは抗病原体に対応します。進化的には病原菌がたくさんある環境だったので、これが非常に重要になってくるわけです。従ってこれらの細胞へのグルコースの取り込みは保証しなければいけないのです。
血糖値が少ないとインスリンが出て脂肪細胞、骨格筋細胞に取り込まれると、取り合いになって、神経細胞や免疫細胞などの方で足りなくなる危険性があるわけです。しかし脂肪細胞はある意味でバッテリーみたいなものですから、今すぐに取り入れなくてもいいのです。そんなところに取られたらかなわない。
そうすると、インスリンが出ても血糖値をほかの細胞(神経細胞や免疫細胞以外の細胞)に取られないようにしたいわけで、そういう回路がどうも進化したらしい。これを「インスリン抵抗性」と言います。これが糖尿病の原因だということに今の医学ではなっているわけですが、進化的に考えるとこれは病気ではなくて、これがないと困ったわけです。
今はグルコースがたくさんあり、病原体があまりないので、この仕組みはあまり重要ではないわけです。そうするとインスリン抵抗性というのが、病気の原因にどうもなってくる。病原体がたくさんあって、血糖値がコンスタントに低いときには、このメカニズムはロバストネスを保証したわけです。ところが今の環境では、脆弱性のメカニズムになってきてしまった。これが、1つの考え方かなと思います。
(その9に続く、全23回)
『太りゆく人類』というすごく面白い本があるので、みなさん読まれたらいいと思いますが、僕はこの本の表紙になっている写真が好きなんです。アメリカに行くと、いかにも出くわしそうな写真ですよね。ものすごく太っていて自分の足元を見るのもおぼつかないような人が、さらにコークを飲もうと思って自販機の前に立っている。本当にあり得る光景ですね。
それから『Why We Get Sick』という本ですが、これもすごく面白い。ダーウィン医学、進化医学というのが何年か前から言われていますが、要するに「我々が病気になるのは進化の必然である」ということです。
ロバストネスの理論でも全く同じことが言えるんです。がんなどもそうなのですが、例えばメタボリック症候群なんかも。みなさんの中にも、メタボリックシンドロームを気にす方が……
いるかもしれませんね。
竹内薫: これは結構気になります。というのはこの間、人間ドッグに行ったら「竹内さん、メタボですね」って言われて。なので、今ちょっとトレーニングしているんです。
北野宏明: それはロバストネスの話なんですよ。メタボリックシンドロームというのがどうしてできてくるかというのをお話しましょう。
ハイポグリセミアといいますが、血糖値が低いときには、すい臓からグルカゴンというのが出て、「いろいろな細胞からグルコース、血糖を出せ」というような指令がどんどんくるわけです。脂肪細胞や肝臓などに糖分はある程度蓄えられていますから、足りないときには糖新生といって、そういうところからどんどん糖が出てくる。それで血糖値を上げてくるのです。
逆にハイパーグリセミア、血糖値が高い場合にはインスリンが出てきて、脂肪細胞や筋肉細胞がグルコースをどんどん取り込むので血糖値が下がるのです。
これが血糖値の制御システムで、血糖値の変動に対してかなりロバストなわけです。細かいところは議論しませんが、大体5つの制御系があるということが分かってきました。問題は、この5つの制御は基本的に「血糖を上げる方向の制御」は強いのですが、「血糖を下げる制御」というのは構造的にあまり強くないんです。
なぜかそうなっているのかを考えると、1つはリスクが非対称なんです。血糖値はある一定レベルより低くなってしまうと、すぐに失神して、数分の勝負になります。ところが血糖が高い場合は、緊急を要する症状もいくつかはあるのですが、それは非常に稀で、多くの場合、血糖値がちょっと上がっても、すぐにどうこうということはないのです。10年、20年経ったときにどこかおかしいということになるわけです。
これより低血糖はアウト、でも高血糖でも当面は大丈夫となると、制御はどちらに向かうでしょうか? 我々のメカニズムでは、血糖値は高くなりがちなのです。
もう1つ、進化的な理由があります。進化的というのは何万年ということですが、我々は飢餓に近い状態でたまに食べられる、食べるためには狩をするか農作業をするか人から盗むかしかないので、基本的に高エネルギー消費生活でした。しかも病原体がたくさんいるし、捕食者、猛獣から防御しなければいけませんでした。これが我々が進化してきた環境です。
これに対してロバストなシステムに我々はなっているはずですし、実際なっているわけです。ところが現代の生活スタイルは、豊富な食品がある、車でコンビニやファーストフードショップに行けばガンガン食べられるという低エネルギー消費生活です。しかも病原体もあまりない。これは想定外ですから、こうした環境に対して我々は脆弱なんです。
なぜ、こういう進化的な状況に対してロバストだと糖尿病になりやすいのかに関して一つの仮説をお話します。
血管内のグルコースが高くなるとインスリンが出てきます。先ほどの説明通り、インスリンが出ると脂肪細胞、骨格筋細胞がどんどんグルコースを取り入れ、血糖値が下がります。ところが糖分を使うのはこれだけではないのです。神経細胞や自然免疫系、マクロファージなどの細胞もグルコースが必要なのです。グルコースがないと神経細胞や免疫細胞の活性度が落ちたり、死滅しやすくなったりします。これは非常に重要なんです。
というのは、神経細胞というのは、例えば先ほどの話に出てきた捕食者がいるとか、そういうときにはシャキッとしていないと逃げられません。自然免疫系というのは抗病原体に対応します。進化的には病原菌がたくさんある環境だったので、これが非常に重要になってくるわけです。従ってこれらの細胞へのグルコースの取り込みは保証しなければいけないのです。
血糖値が少ないとインスリンが出て脂肪細胞、骨格筋細胞に取り込まれると、取り合いになって、神経細胞や免疫細胞などの方で足りなくなる危険性があるわけです。しかし脂肪細胞はある意味でバッテリーみたいなものですから、今すぐに取り入れなくてもいいのです。そんなところに取られたらかなわない。
そうすると、インスリンが出ても血糖値をほかの細胞(神経細胞や免疫細胞以外の細胞)に取られないようにしたいわけで、そういう回路がどうも進化したらしい。これを「インスリン抵抗性」と言います。これが糖尿病の原因だということに今の医学ではなっているわけですが、進化的に考えるとこれは病気ではなくて、これがないと困ったわけです。
今はグルコースがたくさんあり、病原体があまりないので、この仕組みはあまり重要ではないわけです。そうするとインスリン抵抗性というのが、病気の原因にどうもなってくる。病原体がたくさんあって、血糖値がコンスタントに低いときには、このメカニズムはロバストネスを保証したわけです。ところが今の環境では、脆弱性のメカニズムになってきてしまった。これが、1つの考え方かなと思います。
(その9に続く、全23回)
※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。
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