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本から「いま」が見えてくる新刊10選 ~2025年7月~

更新日 : 2025年07月22日 (火)

毎日出版されるたくさんの本を眺めていると、世の中の”いま”が見えてくる。
新刊書籍の中から、いま知っておきたい10冊をご紹介します。

今月の10選は、『内在的多様性批判 』、『ユーモアの鎖国』など。あなたの気になる本は何?

※「本から「いま」が見えてくる新刊10選」をお読みになったご感想など、お気軽にお聞かせください。











内在的多様性批判
ポストモダン人類学から存在論的転回へ
久保 明教 / 作品社


「このバラバラな世界をバラバラなままつなぐために」という序論から始まる本書。
著者が専門とする人類学を「多様性」を批判的に検討する学問として捉え直し、現代社会でその達成・実現に向けてさまざまな試みがなされる「多様性」とはいかなるものかを探っていきます。

なぜ人類学で「多様性」を批判的に検討できるのか。それは、人類学とは調査者と調査対象者という関係で、異質な他者をどのように理解できるのかを問い続けてきた学問と考えることができるためです。

異なる人種や文化を同じ人間のように考えなかった時代から、(西洋社会を基準として)人類社会は段階的に進化すると論じることで、”彼ら”も同じ人間であると考えた社会進化論的な人類学、その自文化中心的な視点を批判し、それぞれの文化の独自性を尊重しながら読み解くことを推進した文化相対主義的な人類学、そして一見バラバラに見える文化にも共通する構造があることを科学的思考を用いて“発見”していった構造主義…。このように、文化を多様なものと捉えつつ、”彼ら”と”私たち”を統合する思考の枠組みを探ってきたのが、近代の人類学の試みであったことがわかります。

本書では、それまでの人類学が行き詰まりを見せた後の1980年代の「ポストモダン人類学」以降の新たな展開を起点に、「多様性」を客観的(外在的)な視座から統一的に論じるのではなく、著者自身も「バラバラ」の一部であるという内在的な視座から、いかにして捉え直せるかを試みています。
専門的な内容を含み、筆者の理解が追いついていない部分も多いのですが、じっくり向き合っていくことで「多文化」や「多様性」という概念が更新されるであろう一冊です。

 

「書くこと」の哲学 
ことばの再履修
佐々木 敦 / 講談社 
批評家・佐々木敦氏が主任講師を務める映画美学校言語表現コース「ことばの学校」の講義のエッセンスを凝縮した一冊。「書く」ことに難しさを感じたり、書きたいけれどなかなか踏み出せない、という人に向け、“書く技術より前に、書ける状態に自分を変成させるための思考法を伝授する”ことが目指されています。例えば第一部第一項は「日本語を『外国語』のように学び直すこと」とあるように、慣れ親しんだ「ことば」の前提を掘り返すところから本書はスタートします。「書く」という営みの正解のなさの実例をあげながら、その人ならではの書きかたの見つけかたを示してくれます。
 

クリティカル・ワード ゲームスタディーズ
遊びから文化と社会を考える
吉田 寛、井上 明人、松永 伸司、マーティン・ロート(編著)/ フィルムアート社
 「19世紀は小説の時代、20世紀は映画の時代、21世紀はゲームの時代」とはとある有名アートキュレーターの言葉。この言葉がどこまで正しいのかわかりませんが、確かにそう思わせるほどに多方面からゲームは注目を集めています。本書は「ゲームスタディーズ」というまだ新しい学問分野の現在地を総合的に知ることができる一冊。「理論編」「キーワード編」「ブックガイド編」と分かれていますが、「キーワード編」だけ見てもゲームの多領域性がよくわかります。発展途上の学問らしく書き手の主張もさまざまで、それも見どころの一つです。
 

アート×リサーチ×アーカイヴ
調査するアートと創造的人文学
毛利 嘉孝 / 月曜社 
有楽町アートアーバニズム(YAU)が運営する「有楽町藝大キャンパス」の講義を土台にして作られた本書。「アート」「リサーチ」「アーカイブ」は独立した概念としてそれぞれの役割を担ってきましたが、この3つの領域が融解し、これまで従属的な”手段”だったリサーチやアーカイブが、アートをはじめとした人文領域の中で”目的”(作品)として前景化している現状を、人文学の新たな潮流と捉えていきます。本書で紹介される画期的な実践の数々は、既存の知識や学びの前提を問い直します。 
 

「ありのまま」の身体
メディアが描く私の見た目
藤島 陽子 / 青土社 
昨今よく見聞きする「ルッキズム」という外見至上主義を批判的に捉える言葉。それはメディアで流布している規範的な美の基準にとらわれず、「ありのままの美しさ」を大事にしようといったポジティブなメッセージとセットで語られがちです。しかし、現実には「規範的に」も「ありのままに」も「見た目を美しく」したい欲望やプレッシャーに直面しているとも考えられます。ファッション文化の研究者である著者は、美容やファッションの産業やメディアと関連付けながら「ありのままの美しさ」をめぐる複雑な現状を読み解いていきます。
 

人はなぜ結婚するのか
性愛・親子の変遷からパートナーシップまで
筒井 淳也 / 中央公論新社 
大人になったら結婚するのが当たり前、という常識が変わりつつある現在。この本は社会学者の著者が、「結婚」という制度(文化)の歴史や地域・国家間の差異を概観しながら、結婚とは何か、なぜ結婚するのかについて書き下ろした一冊。「(制度としての)現代の結婚とは、中身がスカスカの箱のようなもの」と著者は書いていますが、それは何を意味するのか。個人の人生の分岐点にも政策の論点にもなるように、個人と社会をつなぐ結婚という制度をめぐる議論からは、社会の今が見えてきます。
 

ユーモアの鎖国 新版
石垣 りん / 筑摩書房 
1920年に東京で生まれ2004年に84歳で亡くなった詩人・石垣りんの、73年に刊行されたエッセイ集の復刊。戦前から戦後にまたぐ時代を銀行員として働きながら詩を書き続け、その時代の女性の一つの生活観をそのまま表したような作風は「生活詩」と呼ばれました(この言葉に対する複雑な胸中は文中にも描かれています)。本書は表題作を含むエッセイ集ですが、詩と同様に暮らしの中の場面をそのまま切り取りとったよう。女性の生き方、働き方が見直される今の時代に読み直すからこそ見えてくることがあるはずです。
 

マンションポエム東京論
大山 顕 / 本の雑誌社 
「人生に、南麻布という贈り物を」「代官山のロミオ&ジュリエット」など、魅力をうたいつつどこか空虚な印象もあるマンションの広告コピー。そんなコピーを「マンションポエム」と名付け、なぜ都心のマンションをPRしようとすると「ポエム化」するのかを起点に書かれた東京論。それぞれの土地でどのようなマンションポエムが書かれるかによって、21世紀の東京(近郊含む)の多層的なイメージが見えてくるようです。誰もが目にしたことはあるけど、一つ一つ覚えてはいない事柄に着目したユニークな一冊。
 

鎌倉「doyoubi」の野菜とマフィンン
瀬谷 薫子 / 主婦と生活者 
編集者・ライターを本業としながら、週末”土曜日”だけ鎌倉でマフィンを作って販売している著者。この本がユニークなのは、レシピ本のようでいて、著者の本職が文章を書くこともあり、レシピ、写真、文章の中では文章が一番多いところ。なぜマフィンかというと「仕事とも暮らしとも違う何か、自由に表現できるものを探して、しっくりきたのがマフィンだった」からだそうです。おいしいマフィンの本というだけでなく、新しい都市生活者のライフスタイルも垣間見える一冊です。
 

隙間 4巻
ガオ・イェン / KADOKAWA 
台湾から沖縄へ留学した大学生のヤン。台湾で政治運動に献身的に励む男性に思いを寄せながらも一人沖縄へやってきた彼女は、沖縄と台湾の歴史のそれぞれの二重性を知っていくとともに、自分と他者、個人と社会、歴史と未来、その「間」で頭も心も揺れ動きながら、自分らしさを見つめ直していきます。著者自身の経験が土台にある本作は、一人の“若者”が今という時代に真正面から向き合った記録でもあります。日本の多くのクリエイターからも注目を集める本作、全4巻で堂々完結です。
 
 

内在的多様性批判 ポストモダン人類学から存在論的転回へ

久保明教 
作品社

「書くこと」の哲学 ことばの再履修

佐々木敦 
講談社

クリティカル・ワード ゲームスタディーズ

編:吉田寛、井上明人、松永伸司、マーティン・ロート 
講談社

アート×リサーチ×アーカイヴ 調査するアートと創造的人文学

毛利嘉孝 
月曜社

「ありのまま」の身体 メディアが描く私の見た目

藤島陽子 
青土社

人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

筒井淳也 
中央公論新社

ユーモアの鎖国 新版

石垣りん 
筑摩書房

マンションポエム東京論

大山顕 
本の雑誌社

鎌倉「doyoubi」の野菜とマフィン

瀬谷薫子 
主婦と生活社

隙間 4巻

高妍(ガオ・イェン) 
KADOKAWA