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本から「いま」が見えてくる新刊10選 ~2025年10月~

更新日 : 2025年10月20日 (月)

毎日出版されるたくさんの本を眺めていると、世の中の“いま”が見えてくる。
新刊書籍の中から、今知っておきたいテーマを扱った10冊の本を紹介します。

今月の10選は、『教育とは何か』『動物たちのインターネット』など。あなたの気になる本は何?

※「本から「いま」が見えてくる新刊10選」をお読みになったご感想など、お気軽にお聞かせください。











教育とは何か
ティム・インゴルド / 亜紀書房


『生きていること』『メイキング』『ラインズ』などの著作で知られ、人類学という学問分野を超えて、アート、デザイン、環境活動、都市計画など非常に幅広い分野に影響を与えているイギリスの人類学者ティム・インゴルド。最新の著作(正確には2017年に刊行された本の改訂版)であり、日本語では8作目の翻訳となる本書は「教育」がテーマとなっています。

インゴルドは、現代の教育の場面として想起されるであろう「学校で、教師が生徒に知識を伝達する」というあり方に疑義を呈します。教育とは「情報の伝達」ではなく、「(~と)ともに」同じ方向を向いて歩むことであり、「共有化(コモニング)」のプロセスである、と説きます。それは「教育」と「人類学」の接続点となります。人類学の調査研究手法である参与観察のように、あらかじめ決められた知識をインストールするのではなく、未知の場に身体を晒し、そこにいる人々とともに過ごし、ともに変化していくこと。インゴルドは教育を“人間になる過程(ビカミング ヒューマン)ではなく、人間の生成変化(ヒューマン ビカミング)の過程なのだ”とも表現しています。

本書でインゴルドが語る「教育」は、「共創」と言い換えることもできるのではないでしょうか。先の見えない、誰もが不安で未知の状況の中で、ともになにかを創造しながら生きていくこと。そんな世界の“歩き方”をインゴルドは、そして人類学は示してくれているのかもしれません。


 

痛いところから見えるもの 
頭木 弘樹 / 文藝春秋 
難病を抱える著者自身の経験を土台に、“痛い人と痛くない人の間にある本”として書かれた本書。痛みというのは直接言葉にすることも、代わってもらうこともできません。そこで作家である著者が慣れ親しんだ「文学」を使って、言葉にならない「痛み」とはどんなものかを読み手に伝えることを試みます。痛いことはできるだけ経験したくはないけれど、いつかどこかで経験するかもしれません。そんな時に思い出したり、痛みを経験している誰かの声をよく聴きたい時にきっと役立つ本です。
 

動物たちのインターネット
マーティン・ヴィケルスキ/ 山と渓谷社
 「ICARUS」と名付けられた、10万の動物たちに追跡タグをつけ、その足跡データを人工衛星でキャッチしライブで観察する「動物のインターネット(IoA)」計画。本書は、この壮大なプロジェクトを推進するリーダーである著者自ら、その着想から実行に至る一部始終を書いたもの。これが実装されれば、動物たちの知性が明らかになるとともに行動への理解が格段に深まり、人間と動物の関わり方にも大きな変化が起こると著者は考えています。大きな未知に挑む、冒険的な一冊。
 

多様で複雑な世界を、いまどう描くか
12人のマンガ家・イラストレーターの表現と思索の記録
BNN編集部 / ビー・エヌ・エヌ新社 
12名のマンガ家・イラストレーターに2025年2月~5月に“多様で複雑な社会の中で、いま「人」や「世界」を描く時に考えていること”を訊ねたインタビュー集。マンガとイラストという、非言語的であり、アートやデザインとも一味違うメディアの中に現代性を見出そうとする着眼点がユニークです。インタビューで語られる作家たちの等身大の言葉は、職種に関係なく共感できる部分が多くあるように思われます。読みたいマンガを探す参考にもなる一冊。 
 

カウンセリングとは何か 変化するということ
東畑 開人 / 講談社 
カウンセリングにはどんなイメージがあるでしょう。「怪しい」「なんだかわからない」という人も少なくない一方、カウンセリングに通っていることを日常会話で話す人も増えてきた印象です。本書は多数の著書を持つ臨床心理士・公認心理師である著者が「カウンセリングを専門家のものではなく、ユーザーのものとして語る」ことを試みた一冊。メンタルヘルスが企業でも社会でも課題として前景化する昨今、“自分ごと”としてよく知っておきたいテーマです。
 

人が集まる企業は何が違うのか
人口減少時代に壊す「空気の仕組み」
石山 恒貴 / 光文社 
タイトル通りの内容を期待するとちょっと違うかもしれないのですが、日本企業の仕組みと日本的雇用の特性について論じた内容の本書。日本企業の“変わりにくさ”を人口減少時代における社会の問題とし、変わりにくさの要因を「三位一体の地位規範(無限定性、標準労働者、マッチョイズム)信仰」と名付けます。働き方の「当たり前」は、自分で思う以上に自分の中に深く根付いていることに気づかされる一冊です。
 

オランダの小さな村に学ぶ ケアからはじまるコミュニティ
吉良 森子/学芸出版社 
アムステルダムから車で2時間のクロースターブールンという人口約800人の小さな集落が、近年オランダ国内外で注目されていると言います。そのきっかけは、住民たちが既存の老人ホームを買い取り、コミュニティハウスとして運営し始めたこと。本書は、2013年頃からこの場所に通い関わり続けている建築家の著者が、その成り立ちから現在までを一冊の本にまとめたもの。過疎化や少子高齢化が社会課題である日本においても、この事例から大きな学びがあるはずです。
 

食権力の現代史
ナチス「飢餓計画」とその水脈
藤原 辰史 / 人文書院 
「飢餓」という現象は現代の日本に生きている多くの人にとって、実感があるものではないかもしれません。しかし、パレスチナや、アジアやアフリカの一部などで、現在でも多くの人々が飢餓状態にあります。なぜ、地球上では処分するほど食料がある国と、飢餓に苦しむ国が存在するのか。本書は農業史とドイツ現代史を研究分野とする著者が、「食権力」という概念を軸に、近現代社会にとって飢餓とは何かを追った一冊。現在、特に先進国で暮らす人々に突きつけられた、逃れられない問いかけです。
 

哲学史入門Ⅳ
正義論、功利主義からケアの倫理まで
古田 徹也、児玉 聡、神島 裕子、立花 幸司、岡野 八代、ブレイディ みかこ、斎藤 哲也 / NHK出版 
2024年に全三巻で刊行されたNHK新書の哲学史入門シリーズが、好評を受けて第四弾が刊行されました。今回のテーマは「倫理学」。古代ギリシアの哲学から出発し、近世哲学そして現代思想までの流れを取り扱い、西洋哲学の歴史を学ぶ側面が強い印象でしたが、本書はより今の社会が直面している問題に接続しやすい内容という印象です。この四巻から読み始めても特に問題ない内容ですが、改めて哲学史を学ぶために一巻から手に取ってみるのも良さそうです。
 

Tシャツの日本史
高畑 鍬名 / 中央公論新社 
Tシャツの裾をタックインするか、タックアウトするか。この一点から、Tシャツが日本に入ってきて以来150年のファッション史を描いた異色の話題作。街ゆく人々はもちろん、映画やマンガの中での“Tシャツの裾”を詳細に調査し、そこにある社会的、文化的な背景を探っていきます。90年代に”ダサい”と見做されたTシャツの裾のタックインですが、2020年代の若者たちはオシャレに実行し着こなしています。流行や文化はなぜ移り変わるのか、ということに関心がある方にもおすすめの一冊。
 
 

教育とは何か

ティム・インゴルド 
亜紀書房

痛いところから見えるもの

頭木弘樹 
文藝春秋

動物たちのインターネット

マーティン・ヴィケルスキ 
山と渓谷社

多様で複雑な世界を、いまどう描くか

BNN編集部 
ビー・エヌ・エヌ新社

カウンセリングとは何か 変化するということ

東畑開人  
講談社

人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」 

石山恒貴  
光文社

オランダの小さな村に学ぶ ケアからはじまるコミュニティ 

吉良森子  
学芸出版社

食権力の現代史 ナチス「飢餓計画」とその水脈 

藤原辰史 
人文書院

哲学史入門Ⅳ 正義論、功利主義からケアの倫理まで

古田徹也、児玉聡、神島裕子、立花幸司、岡野八代、ブレイディみかこ、斎 藤哲也 
NHK出版

Tシャツの日本史

高畑鍬名 
中央公論新社