記事・レポート
生命観を問い直す
更新日 : 2009年08月03日
(月)
第12章 生命の目的は子孫を増やすことだけではない

会場からの質問: 脳細胞は、従来、一度壊れたら再生しないと考えられてきたと思いますが、この間、再生するのだという論調を聞きました。脳細胞の再生も「動的平衡」システムのような理論から説明できるものなのでしょうか。
福岡伸一: まず「細胞が分裂して増えていく」ことと、「動的平衡状態によって細胞が新陳代謝をしていく」ことは同じではありません。脳のほとんどの細胞は、一度完成すると二度と分裂しないので、損なわれると死んでしまいます。しかし、わずかな細胞だけに分裂能力が残されていることが最近わかってきました。ご質問はそのことをおっしゃっているのだと思います。
分裂することをやめた細胞は、すべて動的平衡状態にあります。細胞自体は増えも死にもしませんが、細胞の分子はものすごく高速で入れ替わっていきます、ですから分子レベルでは、私たちは1年前と今とでは全然違っています。よく「お変わりありませんね」と挨拶しますが、皆さんは「お変わり“ありまくり”」なのです。
会場からの質問: 心は非常に曖昧なもので、なかなか客観的に定義することは難しいと思います。心はどこにあるのかということに興味を持っているのですが、先生はどのようにお考えでしょうか。
福岡伸一: これまた非常に難しいご質問です。「万物は流転する」。これは、紀元前5世紀頃にヘラクレイトスが言ったとされる言葉です。日本でも中世、鴨長明が「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記)と記し、生命を動的なものとしてとらえました。シェーンハイマーは、偉人たちの言葉を言い直したに過ぎないともいえますが、1つだけ違うことがあります。それは、使った言葉の解像度。彼は分子のレベルで「生命が絶え間なく流れている」と言ったのです。
同じことが心の問題にも言えます。心がどこにあるか、心の物質的な基盤は何なのか、情報的な基盤は何なのか、あるいはエネルギー的な基盤は何なのか、これはいまだに解決できない問題です。ただ、心は人だけが持っているものではないと思うのです。カメムシだって何かを考えて何かに悩んでいます。ミミズだって悩んでいます。
進化論に先立って、ダーウィンが研究していたのはミミズで、ミミズが葉っぱをくわえて穴に入る様子を研究しました。できるだけ大きな葉っぱを穴に入れることで、何度も出入りしたくない、安逸な暮らしをしていたいとミミズは思っているわけです。
そこでダーウィンはいたずらをして、葉っぱを逆ハート型に切り、簡単に穴に入れられないようにしました。ミミズは一瞬悩んだのですが、試行錯誤の末、葉っぱの反対側を持って入れる方法を編み出しました。
多くの生物は、実はできるだけサボろうとしている、できるだけ楽をしようとしています。ダーウィンやドーキンスには「利己的な遺伝子」という言明があります。「生命の目的は子孫を増やすこと。DNAは自己を複製することが目的であって、私たち個体はその乗り物にすぎない」という意味ですが、これとは違う遺伝子の側面を見ることができます。
遺伝子が自己を複製したい、私たち個体が子孫を残したいという行動はたくさん見受けられますが、実はそうではない生命の時間もたくさんあります。それは、できるだけサボろう、できるだけ楽をしようということ。
遺伝子は「自己を複製しろ」とだけ命令しているのではなく、むしろ個体に対して「自由であれ」と言っているようにも見えるのです。
この「自由さのあり方」として、心の問題もとらえられるのではないかと私は思います。これまた十分な答えになっていませんが、何かのヒントになればと思います。
福岡伸一: まず「細胞が分裂して増えていく」ことと、「動的平衡状態によって細胞が新陳代謝をしていく」ことは同じではありません。脳のほとんどの細胞は、一度完成すると二度と分裂しないので、損なわれると死んでしまいます。しかし、わずかな細胞だけに分裂能力が残されていることが最近わかってきました。ご質問はそのことをおっしゃっているのだと思います。
分裂することをやめた細胞は、すべて動的平衡状態にあります。細胞自体は増えも死にもしませんが、細胞の分子はものすごく高速で入れ替わっていきます、ですから分子レベルでは、私たちは1年前と今とでは全然違っています。よく「お変わりありませんね」と挨拶しますが、皆さんは「お変わり“ありまくり”」なのです。
会場からの質問: 心は非常に曖昧なもので、なかなか客観的に定義することは難しいと思います。心はどこにあるのかということに興味を持っているのですが、先生はどのようにお考えでしょうか。
福岡伸一: これまた非常に難しいご質問です。「万物は流転する」。これは、紀元前5世紀頃にヘラクレイトスが言ったとされる言葉です。日本でも中世、鴨長明が「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記)と記し、生命を動的なものとしてとらえました。シェーンハイマーは、偉人たちの言葉を言い直したに過ぎないともいえますが、1つだけ違うことがあります。それは、使った言葉の解像度。彼は分子のレベルで「生命が絶え間なく流れている」と言ったのです。
同じことが心の問題にも言えます。心がどこにあるか、心の物質的な基盤は何なのか、情報的な基盤は何なのか、あるいはエネルギー的な基盤は何なのか、これはいまだに解決できない問題です。ただ、心は人だけが持っているものではないと思うのです。カメムシだって何かを考えて何かに悩んでいます。ミミズだって悩んでいます。
進化論に先立って、ダーウィンが研究していたのはミミズで、ミミズが葉っぱをくわえて穴に入る様子を研究しました。できるだけ大きな葉っぱを穴に入れることで、何度も出入りしたくない、安逸な暮らしをしていたいとミミズは思っているわけです。
そこでダーウィンはいたずらをして、葉っぱを逆ハート型に切り、簡単に穴に入れられないようにしました。ミミズは一瞬悩んだのですが、試行錯誤の末、葉っぱの反対側を持って入れる方法を編み出しました。
多くの生物は、実はできるだけサボろうとしている、できるだけ楽をしようとしています。ダーウィンやドーキンスには「利己的な遺伝子」という言明があります。「生命の目的は子孫を増やすこと。DNAは自己を複製することが目的であって、私たち個体はその乗り物にすぎない」という意味ですが、これとは違う遺伝子の側面を見ることができます。
遺伝子が自己を複製したい、私たち個体が子孫を残したいという行動はたくさん見受けられますが、実はそうではない生命の時間もたくさんあります。それは、できるだけサボろう、できるだけ楽をしようということ。
遺伝子は「自己を複製しろ」とだけ命令しているのではなく、むしろ個体に対して「自由であれ」と言っているようにも見えるのです。
この「自由さのあり方」として、心の問題もとらえられるのではないかと私は思います。これまた十分な答えになっていませんが、何かのヒントになればと思います。
生命観を問い直す インデックス
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第1章 生物学者シェーンハイマーの偉大な功績
2009年03月04日 (水)
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第2章 あらゆる生物・無生物とつながっている私たちの体
2009年03月11日 (水)
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第3章 「エントロピー増大の法則」に対抗する唯一の方法
2009年03月18日 (水)
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第5章 命の終わりは「脳死」? 命の始まりは「脳始」?
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第6章 狂牛病は「人が牛を狂わせた病気」だった
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