記事・レポート

生命観を問い直す

更新日 : 2009年04月23日 (木)

第6章 狂牛病は「人が牛を狂わせた病気」だった

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授

福岡伸一: 同じような「部分的な思考」は、環境問題あるいは食の安全安心という問題にも色濃く見てとることができます。私は狂牛病の研究者なので、狂牛病問題をずっと追いかけてきました。狂牛病がどこから来て、どこに行くのかを見てみると、ここにも如実に人間の陥っている「部分的な思考」の断面を見ることができます。

狂牛病は「牛が狂った病気」と書きますが、実は「人が牛を狂わせた病気」、つまり端的に人災の連鎖として現れたものです。1985年以前、狂牛病は地球上に存在しませんでした。少なくとも牛がこの病気にかかることはなかったのです。

1985年の春、イギリス・ケント州で1頭の乳牛が不審な行動をとり始めました。牧場主に向かって突きかかってきたり、同じところをグルグル回ったり、柵に体をこすりつけたりして、挙句に自力で立てなくなり、へたり込んで衰弱していきました。原因がわからず、牛は昏睡状態に陥って死んでしまいました。

それで終われば、謎の病気として沙汰止みになったのですが、そうはなりませんでした。イギリス全土で同時多発的に次々とこの症状を示す牛が現れたからです。

イギリス政府は本格的な調査を開始しました。最初は、農薬や重金属の中毒症状かとも思われましたが、そういった可能性は次々と消えていきました。そして最後に1つだけ可能性が残りました。それが「エサの汚染」だったのです。

そのとき、普通の人には知らされていないある事実がありました。それは、草食動物の牛が近代畜産業のもとでは、もはや草食動物として育てられていないということです。

ある生物が食べるモノは、地球上では非常に限定されています。私は生物学者になる前は昆虫少年だったのですが、虫を育ててみてわかるのは、それぞれの虫が自分の食べ物を非常に禁欲的に限局していることです。アゲハチョウはミカンの葉っぱしか食べません。キアゲハと呼ばれる類縁の蝶はパセリの葉っぱしか食べません。

なぜでしょうか。ダーウィニズム的には、「生物は絶え間なく生存のために競争と闘争を繰り返し、適者生存・弱肉強食が起こっている」と説明していますが、多くの生物はむしろ他の種と無益な争いが起きないように食べ物を限定しているのです。ある競争的な状況が生まれると、生き物は食べる物、住む場所を限定して競争から外れていく。実はそのことが、地球上の多様性、豊かさを保証してくれているのです。

同じように、牛が草食動物であるということは、地球が38億年をかけてつくり出した一種のバランス、生態全体としての「動的平衡状態」なのです。

イギリスの畜産業界は安易な「部分的な思考」によって、そのあり方を変えてしまいました。牛が食べていたのは、死体です。病気や怪我で死んだ牛や豚や羊を集めてきて、骨を外し、油をこし取って、残った肉カスを水で溶いて、子牛たちに食べさせていました。

この子牛たちが食べさせられていた人工的な飼料が「肉骨粉」です。この飼料の原料に、病気の家畜が混じっていたのですが、それは牛ではありませんでした。羊の稀な風土病として何年かに1回発生していた「スクレイピー病」。これが、狂牛病のオリジナルバージョンです。

それまで牛がかかることのなかった羊の病気は、病原体が混じった肉骨粉によって、牛に乗り移り、今度はその牛を食べた人が狂牛病にかかるという、種の壁を超えた連鎖が始まりました。「牛を早く安く飼育したい」という「部分的な思考」の結果です。イギリスは調査に3年を要し、1988年にようやく肉骨粉の給餌を規制する通達を出しました。


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生命観を問い直す
福岡伸一 (分子生物学者/青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 教授)

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