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三谷宏治が語る、経営戦略の100年

経営の本質はつながりとストーリーから見えてくる

経営戦略ビジネススキルその他
更新日 : 2013年09月05日 (木)

第6章 そして、“経営戦略”は生まれた

 講師:三谷宏治(K.I.T.虎ノ門大学院 教授 早稲田大学ビジネススクール・グロービス経営大学院 客員教授)

 
暗黒の1930年代

三谷宏治: 1929年10月24日木曜日、それまで第一次世界大戦の欧州復興需要で潤っていたアメリカの株式市場が暴落しました。この「ブラック・サーズデイ」に端を発した世界恐慌は、世界を暗黒の1930年代に追い込みました。

この時、世界中の企業家が痛感したのは、外部環境の変化が持つ恐ろしさでした。科学的にやっても、人間中心でやっても、企業を統制しても、外部環境が大きく変化してしまえば、すべて吹き飛んでしまう。その恐ろしさをイヤというほど思い知らされたのが、この暗黒の1930年代でした。

ところが、この危機を見事に乗り切った企業家がいました。GM(ゼネラル・モータース)の中興の祖、アルフレッド・スローンです。フォード同様、GMも大量生産を追究していましたが、スローンは顧客に合わせた多様化という方針を打ち出し、最下位のシボレーから最上位のキャデラックまで、価格帯の異なる5つのブランドを作りました。同時に打ち出したのが、毎年新しいモデルを発表すること。スローンは、価格ピラミッドの構築とモデルチェンジの導入によって、厳しい不況の中でも新しい需要を喚起し続けたのです。

また、巨大企業を効率的に統治するため、事業部制を導入しました。そのほか、在庫管理や財務管理にも取り組みました。彼は外部環境の変化を克服し、暗黒時代の中でも収益を上げ続けることに成功します。その後30年以上にわたって経営の実権を握り、GMは永き繁栄を謳歌しました。

「ストラテジー」の登場

三谷宏治: 不況による倒産が相次いだ1930年代は、経営者の手腕が問われた時代でもありました。その当時、優れた経営論を唱えた人物がいます。ベル電話システムの子会社で長く経営者を務めていたチェスター・バーナードです。彼は社長在任中の1938年に『経営者の役割』を著し、この中で外部環境の変化に負けないためにも、「経営者が果たすべき役割は重い」と呼びかけました。

バーナードは「企業は単なる組織の寄せ集めではなく、システムだ」と看破しました。組織をシステムたらしめるものとして「共通の目的」「貢献意欲」「コミュニケーション」という3つの要素を示し、特に「共通の目的」を「経営戦略(ストラテジー)」と表現しました。ストラテジーは元々軍事用語ですが、バーナードはこれを初めて経営に対して使いました。経営は戦いなのだと。

「すべての従業員がコミットできる共通目的を打ち出し、その実現に向けた戦略を立て、情報伝達を密にさせ、士気を高めていく、それが経営者の役割だ」。こうした考え方は当時としては画期的なものであり「バーナード革命」とも呼ばれました。そしてこれこそが、経営戦略論の偉人たちが群雄割拠する時代の幕開けとなったのです。

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