記事・レポート
無料で学べる「オープンエデュケーション」がもたらす人材革命
~ウェブで教育の機会が世界に開かれる意味:飯吉透×石倉洋子~
キャリア・人ビジネススキル政治・経済・国際
更新日 : 2012年08月02日
(木)
第1章 一人の教育"バカ"の情熱が世界を変える
今や個人のキャリアもグローバル化の影響を避けられません。産業の栄枯盛衰も知識の陳腐化も激しいため、働き続けるには、新たな知を得続ける必要があります。それを可能にするのがウェブで教材や講義動画を無料で提供するオープンエデュケーションです。教育の機会が世界に開かれた意味とキャリアへの活用法を考えます。
講 師 :飯吉透(京都大学 高等教育研究開発推進センター 教授)
モデレーター:石倉洋子(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授)
石倉洋子: きょうはグローバル・アジェンダ・ゼミナールの公開講座として、私が大変尊敬している飯吉透さんをゲストにお迎えしました。私は飯吉さんと『ウェブで学ぶ~オープンエデュケーションと知の革命~』(飯吉氏と梅田望夫氏の共著)をきっかけに知り合いました。
このオープンエデュケーションというエキサイティングなテーマについて、最初に飯吉さんから「オープンエデュケーションとはどういうものか」、そして「なぜ海外で盛んになってきたのか」というお話をしていただき、その後、「個人として一体どう使えばいいか」というテーマで対談をしたいと思います。
【オープンエデュケーションは情熱増幅装置だ】
飯吉透: 教育は人ですので、人の話から入りますが、まずはこの授業風景を見てください。
MIT OpenCourseWare/Physics I: Classical Mechanics
http://ocw.mit.edu/courses/physics/8-01-physics-i-classical-mechanics-fall-1999/
これはマサチューセッツ工科大学(MIT)のウォルター・ルーウィン先生がしている物理の授業の様子です(※現在は引退して名誉教授)。僕が大学生のとき、もしこういう先生に出会っていたら、物理を専攻していたかもしれません。
ルーウィン先生に「どうしてサーカスみたいな教え方をするようになったのですか? 誰かの影響を受けたのですか?」と聞いたところ、「誰の影響も受けていない。最初から自分はエンターテインメントで教えるしかないと思ってやった。初めの頃は下手だったけれど、一所懸命、毎日練習した」と言っていました。当時は60歳後半でしたが「毎回授業の前に練習する。練習には何時間もかかるけど、練習しないと鈍るからやる」と言っていました。
これはもう教育バカというか、教育魂ですよね。オープンエデュケーションが情熱増幅装置になっています。日本ではNHKの『ハーバード白熱教室』で有名になりましたが、マイケル・サンデル教授も、もともとウェブで自分の授業を公開していました。http://www.justiceharvard.org/
ノーベル賞を受賞したカール・ワイマンという物理学者は、ノーベル賞の賞金をつぎ込んで、仲間と一緒に「PhET」という物理学習用のオープン教材をつくりました。これも大変な人気で、何十カ国語にも翻訳されています。http://phet.colorado.edu/
教授や学者ではなく、一個人で教育に異様なまでの情熱を燃やしている人物としては、サルマン・カーンの右に出る者はおそらくいません。この人がやっている「Khan Academy(カーン・アカデミー)」は傑作です。http://www.khanacademy.org/
彼はヘッジファンドのアナリストでしたが、お医者さんである奥さんの帰りがいつも遅いので、手持ぶさたで、従妹にオンラインで教えていたそうです。すると従妹が勉強できるようになったので、彼はだんだん勢いが乗ってきて、教える過程を自分で録画してウェブで公開するようになったのだそうです。そうしたら従妹の友だちなども使うようになって評判になり、今やウェブのスター教師です。
カーン・アカデミーには3,200本もの授業の動画がアップされているのですが(2012年5月現在)、驚くことに、全部、彼一人でやっています。これが世界中で何百万人という人たちに「わかりやすい」と絶賛されているのです。何千ものコースを、何百万人の人に一人で教えられる——これを情熱増幅装置と呼ばずに何と呼ぶのでしょうか。
【オープンエデュケーションは格差超越装置だ】
オープンエデュケーションは格差超越装置としても機能しています。例えばアルゼンチンのサンルイス州は、病院に行くだけでも何時間もかかるような山奥にあり、水道や電気といったインフラさえ整っておらず、都市部との格差が問題になっていました。そこで州政府は電子政府づくりを行い、NECと協同で次世代ネットワークを構築し、村の人たちがインターネットを使えるようにしました。そうしてオープンエデュケーションのツールや教材を用意したところ、子どもたちがいきなり世界中の人と会話を始めたり、教材で学ぶようになったのです。
開発途上国にはそもそも先生が少ないし、大学の建物を建てるよりもバーチャルでやった方が効率がいいということで、そうした国々では今、高等教育のつくり方が変わってきています。(例:「African Virtual University」)
途上国だけではありません。MITの「iLab」というプロジェクトでは、高額な理系の実験装置をインターネット経由で遠隔操作できるようにしています。こうすることで、高価な装置が買えない大学や、そうした大学で学ぶ学生との格差を超えようというわけです。
このオープンエデュケーションというエキサイティングなテーマについて、最初に飯吉さんから「オープンエデュケーションとはどういうものか」、そして「なぜ海外で盛んになってきたのか」というお話をしていただき、その後、「個人として一体どう使えばいいか」というテーマで対談をしたいと思います。
【オープンエデュケーションは情熱増幅装置だ】
飯吉透: 教育は人ですので、人の話から入りますが、まずはこの授業風景を見てください。
MIT OpenCourseWare/Physics I: Classical Mechanics
http://ocw.mit.edu/courses/physics/8-01-physics-i-classical-mechanics-fall-1999/
これはマサチューセッツ工科大学(MIT)のウォルター・ルーウィン先生がしている物理の授業の様子です(※現在は引退して名誉教授)。僕が大学生のとき、もしこういう先生に出会っていたら、物理を専攻していたかもしれません。
ルーウィン先生に「どうしてサーカスみたいな教え方をするようになったのですか? 誰かの影響を受けたのですか?」と聞いたところ、「誰の影響も受けていない。最初から自分はエンターテインメントで教えるしかないと思ってやった。初めの頃は下手だったけれど、一所懸命、毎日練習した」と言っていました。当時は60歳後半でしたが「毎回授業の前に練習する。練習には何時間もかかるけど、練習しないと鈍るからやる」と言っていました。
これはもう教育バカというか、教育魂ですよね。オープンエデュケーションが情熱増幅装置になっています。日本ではNHKの『ハーバード白熱教室』で有名になりましたが、マイケル・サンデル教授も、もともとウェブで自分の授業を公開していました。http://www.justiceharvard.org/
ノーベル賞を受賞したカール・ワイマンという物理学者は、ノーベル賞の賞金をつぎ込んで、仲間と一緒に「PhET」という物理学習用のオープン教材をつくりました。これも大変な人気で、何十カ国語にも翻訳されています。http://phet.colorado.edu/
教授や学者ではなく、一個人で教育に異様なまでの情熱を燃やしている人物としては、サルマン・カーンの右に出る者はおそらくいません。この人がやっている「Khan Academy(カーン・アカデミー)」は傑作です。http://www.khanacademy.org/
彼はヘッジファンドのアナリストでしたが、お医者さんである奥さんの帰りがいつも遅いので、手持ぶさたで、従妹にオンラインで教えていたそうです。すると従妹が勉強できるようになったので、彼はだんだん勢いが乗ってきて、教える過程を自分で録画してウェブで公開するようになったのだそうです。そうしたら従妹の友だちなども使うようになって評判になり、今やウェブのスター教師です。
カーン・アカデミーには3,200本もの授業の動画がアップされているのですが(2012年5月現在)、驚くことに、全部、彼一人でやっています。これが世界中で何百万人という人たちに「わかりやすい」と絶賛されているのです。何千ものコースを、何百万人の人に一人で教えられる——これを情熱増幅装置と呼ばずに何と呼ぶのでしょうか。
【オープンエデュケーションは格差超越装置だ】
オープンエデュケーションは格差超越装置としても機能しています。例えばアルゼンチンのサンルイス州は、病院に行くだけでも何時間もかかるような山奥にあり、水道や電気といったインフラさえ整っておらず、都市部との格差が問題になっていました。そこで州政府は電子政府づくりを行い、NECと協同で次世代ネットワークを構築し、村の人たちがインターネットを使えるようにしました。そうしてオープンエデュケーションのツールや教材を用意したところ、子どもたちがいきなり世界中の人と会話を始めたり、教材で学ぶようになったのです。
開発途上国にはそもそも先生が少ないし、大学の建物を建てるよりもバーチャルでやった方が効率がいいということで、そうした国々では今、高等教育のつくり方が変わってきています。(例:「African Virtual University」)
途上国だけではありません。MITの「iLab」というプロジェクトでは、高額な理系の実験装置をインターネット経由で遠隔操作できるようにしています。こうすることで、高価な装置が買えない大学や、そうした大学で学ぶ学生との格差を超えようというわけです。
関連書籍
『ウェブで学ぶ~オープンエデュケーションと知の革命~』
梅田望夫,飯吉透筑摩書房
『グローバルキャリア~ユニークな自分のみつけ方~』
石倉洋子東洋経済新報社
『世界級キャリアのつくり方』
黒川清,石倉洋子東洋経済新報社
無料で学べる「オープンエデュケーション」がもたらす人材革命 インデックス
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第1章 一人の教育"バカ"の情熱が世界を変える
2012年08月02日 (木)
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第2章 オープンエデュケーションを構成する3つの要素
2012年08月03日 (金)
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第3章 ナレッジは暗黙知のままではオープンにできない
2012年08月06日 (月)
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第4章 高等教育もロングテール化が必要~日本の大学の崩壊は近い~
2012年08月07日 (火)
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第5章 カリキュラムも教材もないオンライン大学が登場
2012年08月09日 (木)
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第6章 ウェブで人生を切り開け! 昨日と同じ自分でいるなら明日はない
2012年08月10日 (金)
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第7章 やりたいことがあれば、英語の壁は越えられる
2012年08月20日 (月)
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第8章 「ちょっとやってみようかな」という軽い気持ちでOK
2012年08月21日 (火)
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第9章 21世紀をサバイバルするには「学び続ける力」が必要
2012年08月23日 (木)
該当講座
オープンエデュケーションがもたらす人材革命
~ウェブによって世界中の人々に教育の機会が開かれる意味~
飯吉 透(京都大学 高等教育研究開発推進センター 教授)
石倉 洋子(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授)
全世界に広がるオープンエデュケーションを巡る動きを解説し、これからの教育、個人のキャリア構築がどのように影響を受けるのかを考察します。また、グローバル人材の育成が急務と言われる中、日本人はオープンエデュケーションを具体的にどのように活用していけばいいのか、議論します。
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