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世界初! 人工クモ糸繊維の量産基盤技術確立までの物語

スパイバー・関山和秀:「QMONOS」開発秘話と、クモの糸で変わる未来

日本元気塾経営戦略キャリア・人
更新日 : 2013年11月29日 (金)

第3章 クモ糸の人工合成・量産化を阻む2つの壁

関山和秀(スパイバー株式会社 代表取締役社長)
 
生産コストの問題

関山和秀:  クモ糸の人工合成は、遺伝子情報の解読が始まった1990年頃から、世界中で研究が進められました。最初に実用化を目指したのは、米軍です。その後、ドイツ、イスラエル、スウェーデン、ロシア、中国、韓国などでも研究が進められましたが、現在に至るまで、量産化も実用化もなされてきませんでした。そこには、2つの大きな壁があったからです。1つは生産コストの問題、もう1つは安全性の問題です。

大前提として、大量のクモを飼育して作らせることは不可能です。クモは縄張り意識が強いため、共食いが激しく、しかも生きているエサしか食べません。また、1匹のクモは数種類の糸を出すため、大量に飼育しても、常に同じ品質の糸を採取できないといった問題もあります。

そこで世界の研究者は、遺伝子工学を駆使し、宿主となる生物にクモ糸のタンパク質を作る遺伝子を組み込み、大量に生産させる方法を模索しました。これまでヤギ、タバコ、酵母、大腸菌など植物・動物、微生物といった様々な生物でテストが行われました。しかし、いずれの方法も生産コストが高すぎ、生産効率も悪かったのです。

この中では、微生物を使うことが最も効率的だと考えられています。微生物は、地球上で最も単純な構造をもつ生物であり、分裂・増殖のスピードが速く、エネルギー効率にも優れています。発酵技術を使えば、少ないコストで大量の微生物を作り出すこともできます。

しかし、ここにも大きな問題がありました。クモ糸のように、巨大で複雑な分子構造をもつタンパク質を、微生物に効率よく作らせることは非常に困難だったのです。素材の良し悪しを検討できる程度のタンパク質を確保するにも、何億という単位のコストがかかってしまうと言われていました。

安全性の問題

関山和秀:  安全性についても、大きな問題がありました。繊維に作るためには、微生物から分離・精製したタンパク質を一度溶かし、紡糸する必要があります。しかし、クモの糸のタンパク質は、非常に溶けにくいのです。

唯一溶かせて加工できると言われていたのが、フッ素系の溶媒であるHFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)や、HFAc(ヘキサフルオロアセトン)でした。けれども、これらの溶媒は人体や自然環境に対して非常に強い毒性をもち、揮発性も高く、しかもコストが高い。実験室レベルでごく少量使う分には問題はありませんが、大量生産には向いていないのです。

素材の良し悪しを検討できる量のタンパク質を確保することが難しい。大量のタンパク質が確保できたとしても、それを溶かすことが難しい。そのため、紡糸技術も確立されてこなかった。製品開発に向けた試作・検証など、夢のまた夢だったのです。こうした負のサイクルから抜け出すため、まずは生産コストと安全性という課題を克服すべく、私たちは夜に日を継いで地道に実験を重ねていきました。


該当講座

奇跡の新素材「クモの糸」を語る 

~無限の組合せがものづくりの概念を変える~

奇跡の新素材「クモの糸」を語る 
関山和秀 (Spiber株式会社 取締役兼代表執行役)
米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/ 一橋大学イノベーション研究センター名誉教授)

関山和秀(スパイバー㈱代表取締役社長)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)
脱石油の超高性能バイオ素材として注目される「クモの糸」。米軍も開発に取り組むも、断念したと言われる、夢の繊維の量産化技術の開発に、世界で初めて成功した、スパイバー株式会社の関山和秀氏をゲストに迎えます。この分野の市場規模は、数千億円~1兆円と推測されます。今、世界をリードする「スパイバー」の最新の開発状況、今後の展開を伺います。


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