記事・レポート

LIVING WITH BOOKS

更新日 : 2020年12月15日 (火)

第4章 記念日にまつわるブックトーク

 
記念日〜その折々に想起すべきことども・・・・
澁川雅俊:時節は毎年々々繰り返すが、人々はしばしば、ある出来事を何十年か、場合によっては何百年も経って記念することがある。このシリーズ・ブックトークの間にも想起すべきことどもが幾つかあり、それぞれトークの話題とした。
♯『源氏』千年
『世界を変えた本』〔M・コリンズ他、2018年〕に『源氏物語』が、日本の知性を代表して上げられている。紫式部がこの物語を書き上げたのは1008年。2008年に待ってましたとばかりにこれをトークの話題に取り上げた。2〜3年前から記念の催し物もあちこちで催された。また関連本もたくさん出された。日本人の中でその物語の存在を知らない者は誰もいないだろう。だが待てよ、その中でどれほどの人が読んでいるだろうか。
創作と読書の間に千年の時がある。いま読者がこの物語を読むには現代語訳に依らざるをえないだろう。与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴、林望のそれがある。そして角田光代の訳が2020年に出された。そのいずれを手にするかは読者の好みだが、雅な雰囲気を楽しみたいのであれば、晶子や谷崎。王朝の恋物語に浸りたいのであれば、宮廷文化を詳細に解説しながら現代風に意訳している円地以下の昭和・平成・令和の『源氏』だろう。
♯ダーウィン生誕200年
2009年はダーウィンの生誕200年、『種の起源』を出版して150年ということもあり、進化論研究の本が多数刊行されると同時に、一般読者向けの解説本や伝記も少なからず出版されたのでトークの題材にとりあげた。しかしよく調べていくと進化論とは無関係の内容の書名に“進化”が使われていることも少なくなかったので、少し斜に構えて「なんでもかんでも進化する?!」と題して、たとえば『みんなの進化論』、『新東京進化論』など単なる変化を書いている、あやかり本にも焦点を当ててみた。本の題名は編集者が決める場合が多いのだが、概念形成力の低下か、安易なことば合わせか、最近そんな標題が多く、いささか鼻につく。
♯『不思議の国のアリス』邦訳100年
我が国最古の文学作品『竹取物語』は、かぐや姫と平安王子らの求愛駆け引きに創作の面白さがある。しかしそれだけでは千年以上にわたって読者の支持をえることはできなかっただろう。物語に添えられた装画あるいは挿画があいまって命脈が延々と、しかも末広がりに繋がった。それは特異であるが、我が国はもとより、世界にもこのような作品は多くを数えないだろう。
そのようにいささか我田引水ぎみにうぬぼれていたのだが、十世紀もの長きに及ばないにしても、束の間の殷賑に終わることなく、画文共鳴してその時々に人気を博す文学作品を再発見した。それが『不思議の国のアリス』である。ライブラリーにこの本は1点しかないが、実はブックトーカーの私がアリス本のコレクターで、200点ほどのコレクションを所持している。C・ルイスがこの初版本を出版したのは1865年で、2015年が本当に記念すべき150年なのだが、それに先立ち邦訳100年を記念してエントランス展を催してコレクションの一部を紹介した。
♯和食文化が世界遺産に登録
2012年、和食文化が世界無形文化遺産に登録された。それを記念してのトークなのだが、題名は奇を衒って「ライスカレーは、和食!?」(オピニオン・アーカイブに非掲載)とした。その理由は、当時のメディアが丹精込めて創りあげられた日本料理に焦点を当てて報道し、出版界も日本料理の粋を崇める内容の本に力を注いでいたのに対していささか違和感があったからである。
それは、食品産業事業者、料理人、学識経験者など日本食に造詣の深い各界の有識者たちが、和食こそ「慣習、描写、表現、知識および技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品および文化的空間であって、社会、集団および場合によっては個人が自己の文化遺産の一部として認めるもの」との定義に基づき、和食を、①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重していること、②栄養バランスに優れた健康的な食生活の基盤であること、③自然の美しさや季節の移ろいを表現した料理であること、そして④正月などの年中行事との密接にかかわっていることを理由に農林水産省の支援を得て進めてきたものであった。
しかしその申請に秘められた思惑はともかく、和食は料亭でしか食べられない洗練された料理に限定されず、一般家庭の日常的な賄いにまで広がるはずである。またその広がりは、いま‘B級グルメ’と呼ばれる街食にも及ぶだろう。ともあれ、その時期に出された関連本を瞥見しながら、改めて伝統的な和食とは何かを考えてみることにした。
♯戦後70年本
この戦争は第2次世界大戦のうち太平洋戦争のことなのだが、この戦争に敗れた日本は、国の根幹、とりわけ、私たち個人と国の関係に大変動があった。君主制であった国家が民主制へと大転換した。それから70年の時が経った2015年を前後して数多くの〈戦後70年本〉が出版された。それらが何を訴えかけているか、それがテーマのトーク「Quo Vadis, Iaponia? 戦後70年とその先を読む」もその折々に想起すべきことどものひとつであった。
♯日本の老舗
これは本当の話である。ライブラリーのバックオフィスで頂き物の菓子を食べていた。大好きな老舗和菓子屋の羊羹を賞味しながらこんなことを考えた。「老舗ってなんだろう?」。
トーク「業魂を繋ぐ~日本の老舗、名店」は、国民的なコメモレーションではないが、そんな身近なことから始まった。詳しく調べてみて驚愕した。大化の改新や古事記の成立よりずっと前のこと、聖徳太子が難波に四天王寺を建立する際に百済より招かれた宮大工の一人金剛重光によって一つの工房が578年に創業された。その名をとって金剛組と名付けられた、と言う。同工房は現在、寺社・城郭建設や文化財建造物の復元・修復を行う企業として高松コンストラクショングループに参加している。
Wikipediaの関連のサイトによると、日本の老舗は世界の創業200年以上の企業の数を遥かに超えている。たとえばこのように:ドイツ837社・オランダ222社・フランス196社に対し日本は3146社。日本の創業100年を越える企業数に至っては5万社とも10万社とも言われている。
それらの老舗についての本を集めてそれぞれの内容を瞥見してみると、当初の「老舗ってなんだろう?」の問いかけの解が見えてくる。トークは本来特定のテーマに関する書物がたりで、それ自体は学問ではないが、身近なことに問題を見出し、それに関する資料を漁って問題の核心に迫ると言う学問的プロセスに透過することがある。