記事・レポート

鶴田真由 X 高木由利子『記憶の底に眠るもの』

存在の表現を通して、文化を発信する

更新日 : 2013年09月26日 (木)

第5章 目指すべき世界観がなければ、何事も始まらない

鶴田真由(女優)

 
写真とは真実を写すもの

高木由利子: 写真家にとり、撮影する能力は大切ですが、選び取る能力もなければ、良い写真家にはなれないと思います。どれほど素晴らしい写真家でも、自分がシャッターを押したすべての写真に、責任を持てるわけではない。だから私の場合は、数時間、数日と時間をおきながら、第三者の視点で何度も同じ写真を確認し、最高の1枚を選び取ります。

鶴田真由: デジタルとフィルムでは、感覚的に違うものですか?

高木由利子: 基本的な感覚は同じです。大切なことは、写真をどのような世界に持っていきたいのか? 目指すべき世界観が定まらなければ、どのような撮影・処理方法でも、永遠に終わらない作業になってしまいます。

写真は「真実を写す」と書きます。パソコンソフトを使えば、その場になかったものを合成できますが、私にとってそれはもはや写真ではない。真実の一瞬を切り取ったものこそが写真であり、その意味では暗室でもパソコンソフトでも、できあがるものは同じなのです。自分の目指す世界観をイメージしながら、被写体のありのままの姿を切り取る。そうすることで、見えなかった存在が浮かびあがってくるのだと思います。

旅と人生は似ている

鶴田真由: ビジョンが定まっていなければ、良いものは生み出せない。もとより物事は前に進んでいかない。

高木由利子: 『記憶の底に眠るもの』は、最初に真由さんがビジョンという石を投げたことで始まりました。投げる方向が定まっていなかったら、いつまで経っても石は投げられず、何一つ前に進んでいきませんでした。一方で、ビジョンに固執しすぎても、良いものは作れません。投げた石を拾いに行ってみたら、あまり好ましくない場所に落ちていることもあるからです。ですから、現場での感覚も大切になるのです。

鶴田真由: 由利子さんは、どのような場面を切り取りたいのかのビジョンをつねに持たれています。しかし、現場ではすべてを一旦忘れて、その場で起こる出来事をひとつずつ拾い集め、ビジョンを再構築していきます。決めているけれど決めていない、といった緩やかなスタンスがありました。だから、一緒にものづくりをしていて心地よく感じられました。

由利子さんとの仕事は、「旅」に似ているように思いました。実際にいろいろな国を回りながら撮影されていますが、旅することをどのように捉えられていますか?

高木由利子: 「旅」は人生とよく似ています。旅に出ると、つねに何かを選択する機会に直面し、判断しなければ、物事が進んでいかない。ある場所から別の場所に移動するにも、車、電車、歩き……。選択次第で体験できることが変わるとしたら、懸命に考えて、判断すると思います。そうした意味でも、人生と旅はとても似ているのです。

鶴田真由: 瞬間ごとの選択が、自分の進む先を決めることになる。本当に、旅と人生は同じです。

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