記事・レポート

鶴田真由 X 高木由利子『記憶の底に眠るもの』

存在の表現を通して、文化を発信する

更新日 : 2013年09月19日 (木)

第2章 ときに心を鬼にし、良いものを「作る」

写真左:鶴田真由(女優)写真右:高木由利子(写真家)

 
「演じる」から「作る」へ

鶴田真由: 私は普段、演じる仕事をしていますが、今回のプロジェクトでは企画・監督・編集・取材と、作る側の立場をはじめて経験しています。由利子さんには写真撮影と映像監督として参加いただいています。このプログラムの依頼がきたとき、すぐに由利子さんのことが思い浮かび、「ぜひ一緒に作ってもらいたい」とお願いしたのです。

高木由利子: 真由さんは撮影時にはモデルも務められ、一人五役、六役ですから、大変だと思います。いっぽうで、真由さんの内側に秘められた素晴らしい感性が、たくさん引き出されているように思います。作る側の楽しさを実感しているのではないでしょうか?

鶴田真由: 経験したことがないことばかりでしたから、何もかもが新鮮で、本当に楽しいです。お芝居とはまったく違う意味で、懸命に脳や筋肉を使っています。

高木由利子: ご自身が取材を受けるときの気持ちも、いままでとは少し変わりましたか?

鶴田真由: 変わりました。インタビューを受けるときも、「語尾をあいまいにすると、原稿としてまとめにくいだろうな」などと考えながら話せるようになったと思います。本当に少しだけですが、作る側の視点で物事が考えられるようになりました。私にとっては、嬉しい発見です。

写真は「光」との戦い

高木由利子: 同時に作ることの大変さも感じたのではないですか?

鶴田真由: 今年米寿を迎えられた志村ふくみさんの撮影では、「朝日が昇った瞬間の光で撮りたい。できれば、お着物を召してきてください」と、無理なお願いをしました。私は撮られる側の気持ちもわかりますから、面倒に感じられているだろうと思いました。実際は、快く協力していただきましたが。

このときの私は、夜明けの透き通るような光の中で撮影ができれば、絶対に素晴らしい写真ができると、確信していました。本当に不思議なのですが。ものを作る人間は、ときに心を鬼にしなければ、良いものは作れない。それがよくわかりました。由利子さんも鬼だったと思いますが(笑)。

高木由利子: 撮影は「光」との戦いですから。決して譲れない部分があります。好きで鬼になっているわけではないと、真由さんにも理解いただけたと思います。

志村さんは人間国宝でいらっしゃいます。貴重なお着物を借り、こちらのイメージ通りに撮影することができるかと、少し不安でした。しかし、私たちを信用してくださって、お着物の撮影現場には立ち会われなかった。

鶴田真由: さらに「あのお寺で撮影したらどうかしら?」と提案をくださり、撮影場所の予約までしていただきました。そこは、私たちが頼んだとしても、おそらく撮影許可は下りなかったような由緒あるお寺でした。志村さんは、このプログラムに懸ける私たちの思いを作る側のお立場から理解し、協力してくれたのだと思います。本当に、心の佇まいまで美しい方でした。

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