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【第12回】履き古したランニングシューズはどうしたものか
~服よりも本よりもリサイクルが難しい靴の世界~

更新日 : 2025年06月24日 (火)

【第12回】履き古したランニングシューズはどうしたものか


 
あなたのシューズ選びの基準は何ですか?
10年ほど前から健康のために週末に公園を走ることから始めたランニング。コロナ禍ではストレスの発散も兼ねて走る距離が伸び、生活の一部となりました。ランニングシューズも履きつぶし、そろそろ買い替えかなということで新しいシューズを買うことにしました。これまでずっとNIKEを履いてきたのですが、今回は初めて国産ブランドのasicsにしてみました。知人に教えてもらったのですが、NIKEはギリシャ神話に登場する勝利の女神ニケに由来し、asicsは古代ローマの言葉でラテン語の「Anima Sana In Corpore Sano(健全な身体に健全な精神があれかし)」の頭文字を取ったものだそうです。

そんなわけで、神田のスポーツ街に出かけて6代目のランニングシューズを手に入れました。新しいギアはトレーニングのモチベーションを上げてくれます。しかし困ったことがひとつありました。履き古したシューズの処分です。以前、買い替えたときには、使用後のシューズを回収してくれる先はありませんでした。あれから3年は経っているし、シューズブランドも新たなサステナビリティの取り組みを始めているのではと思い、ネットでも調べてみましたが、履かなくなったランニングシューズを回収しているというメーカーは見当たりませんでした。NIKEのウェブサイトを見ると、欧米の店舗の一部で履き古したシューズを回収していると書いてありますが、日本には1店舗もなく、アメリカ全土でも該当店舗は26店舗だけです。

スポーツ業界にも広がる「水平リサイクル」への取り組み
服のリユース・リサイクル率は34%程度(環境省)だそうですが、靴はそれよりも大幅に数字が低く、その半分以下とも4分の1以下とも言われます。なぜそのような低い数字になるのか。その主な理由は、靴という製品が非常に複雑な素材構成を持っているからです。特にスポーツシューズの場合、ゴム、複数種のプラスチック、布などを特殊な接着剤で貼り合わせており、それらを分離・分解することが技術的にも経済的にも大きなハードルとなっています。回収体制が整っていないのも、結局は再資源化できない以上、費用に見合わないという判断が背景にあるのでしょう。

たとえばガラスのように単一素材であれば、ほぼ完全に再資源化することが可能です。近年ではペットボトルも、ケミカルリサイクル技術の進展により、ペットボトルから再びペットボトルを生み出す「Bottle to Bottle」と呼ばれる水平リサイクルがほぼ実現しています。一方で、スポーツシューズはこの「水平リサイクル」が困難であり、代わりに「垂直リサイクル」が主流となってきました。たとえばNIKEは1990年代から回収した靴を原料に再生素材「Nike Grind」を製造する取り組みを行っており、この素材は陸上競技のトラックや遊具、ジムの床材などに活用されています。
昨今では、スポーツシューズ業界にも「水平リサイクル」への取り組みが広がり始めています。たとえばアディダスは2019年に、100%リサイクル可能な単一素材のランニングシューズを発表しました。この実験的なモデルはその後、全社的な循環型ものづくり戦略「Made to Be Remade」へと進化しています。アシックスも2024年に、アッパー素材を単一化し、分解しやすい特殊接着剤を用いることでリサイクル性を高めた「NIMBUS MIRAI」を発売しました。リサイクル率は100%には届かないものの、使用済みシューズの回収を組み合わせることで、「分類・分解の困難さ」と「回収体制の未整備」という両面からの解決を図っています。スイスのスポーツブランドOnも、植物性の単一素材で作られた100%リサイクル可能なランニングシューズを、サブスクリプション形式で提供しています。月額3,380円(税込)で登録すると、3種類の商品の中から1つを選び、6カ月ごとに新しい商品をリクエストできる仕組みです。

こうして各ブランドの取り組みを見ていくと、いずれも長年にわたって多大な投資を行い、サーキュラーなビジネスモデルを追求してきたことがわかります。新素材の開発やリサイクル技術の向上には、研究者との連携や業界横断的な協働も進んでいます。しかしそれにもかかわらず、私は今回も使い古しのランニングシューズを「燃えるゴミ」として捨てるしかありませんでした。なぜか。

それは、突き詰めれば「作りすぎている」からではないでしょうか。ファッション業界には「計画的陳腐化(planned obsolescence)」という言葉があります。これは、人為的に流行のサイクルを短くし、消費を促進する仕組みです。大量につくって、短期間で売り切る。環境負荷の大きい構造が意図的に組み込まれているとも言えます。
最近では「サステナブル」を掲げること自体がマーケティング戦略の一部になっています。でも「リサイクル素材を使っているか否か」で商品を選ぶ消費者はまだ少数派でしょう。実際、私が今回シューズを選ぶ際に重視したのは、サイズ、フィット感、デザイン、そして価格でした。同じデザインで再生可能素材の製品があればそちらを選びたかったのですが、選択肢として存在しませんでした。また、気に入って履いていたモデルのシューズが3年も経てば市場から完全に姿を消してしまう現状にも不満があります。多大なコストをかけて「サステナブル商品」を新規開発・販売するよりも、コレクション発表の頻度を減らし、既存製品を長く売り続けることのほうが、環境負荷を大幅に減らせるのではないでしょうか。




社会を元気にする循環 
この「構造的矛盾」について、ティンバーランドの元COOであるケン・パッカーは、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューに寄稿した記事の中で内部告発的に批判しています(※1)。彼は「計画的陳腐化」を含む業界の根本的課題は漸進的な改善では解決できないとし、よりラディカルな提案を提示しています。その一つが「ファストファッション税」の導入、もう一つが「拡張生産者責任(Extended Producer Responsibility)」です。これは製造者が自社製品の廃棄・リサイクルに責任と費用を持つという考え方です。たとえば、飲料メーカーが使用済みペットボトルの回収・リサイクルに責任を負う、家電メーカーが自社製品のリサイクルを担う、という仕組みです。日本でも、容器包装リサイクル法、家電リサイクル法、自動車リサイクル法などがこの考えに基づいて設計されています。さらに、フランスは2007年からすでに衣料品に対してこのEPR法を適用しています。 

企業が循環型経済へ移行するための「4つのサーキュラービジネス戦略」 
オランダ・マーストリヒト大学でサステナブル・ビジネスを研究するナンシー・ボケン教授は、企業が循環型経済へ移行するための「4つのサーキュラービジネス戦略」を示しています(※2)。

①製品あたりの原材料使用量の削減(資源ループの「縮小」)
②製品寿命の延長(資源ループの「減速」)
③原材料の再利用(資源ループの「完結」)
④製造過程における天然資源の再生(資源ループの「再生」)

今回、「なぜ自分の履き古したシューズはリサイクルできないのか?」という素朴な疑問からフットウェア業界の循環型への取り組みを調べてみた結果、③と④に関してはすでに一定の進展が見られることがわかりました。一方で、①と②に関しては、企業単独での取り組みには限界があると感じました。

原材料の再利用や再生といった技術的な領域は、社内でも業界内でも合意が得られやすく、今後も研究開発や設備投資が進むと考えられます。しかし、製品を少なくつくる、長く使うといった構造的な変化には、ティンバーランド元COOのパッカーが指摘するように、税制や法制度などのラディカルな「後押し」が必要になるのかもしれません。
テクノロジー、制度、そして私たち一人ひとりの意識と行動。それらが噛み合うことで、ようやく「新しい当たり前」が形になっていくのだと思います。


(※1) Ken Pucker, “A Circle That Isn’t Easily Squared,” Stanford Social Innovation Review, Summer 2023.
https://ssir.org/articles/entry/a_circle_that_isnt_easily_squared


(※2) ナンシー・M・P・ボケン他「サーキュラービジネス4つの基本戦略」
『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本版 Vol.2』(2022)
https://ssir-j.org/your_circular_business_model/


執筆者:中嶋 愛
Glass Rockプログラムディレクター。編集者。ビジネス系出版社で雑誌、単行本、ウェブコンテンツの編集に携わったのち、ソーシャルイノベーションの専門誌、Stanford Social Innovation Reviewの日本版立ち上げに参画。「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」創刊編集長。スタンフォード大学修士修了。同志社大学客員教授。庭と建築巡りが好きです。


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