記事・レポート

20世紀から21世紀の「幸福の方程式」へ

~消費と幸福の新しい関係~

更新日 : 2010年10月07日 (木)

第2章 近代社会の幸福は、幸福を生み出すと期待される商品を買うこと

山田昌弘氏

山田昌弘: ジグムント・バウマンは、「1人当たりのGDPが一定水準を超えれば、GDPと幸福度は直接関係がなくなる。GDPが低いと不幸な人は多くなるが、ある程度GDPが高くなれば、それがそのまま幸福とつながるわけではない」と言いました。これについては電通さんも研究されていて、それによると一定の水準とは、大体1万ドルだそうです。

物価水準はいろいろありますが、今の水準において1人当たりのGDPが年1万ドルを超えると、GDPと幸福度の関係はなくなるということです。やはりGDPが一定水準ないと不幸なことは確かなのです。

このことから、幸福のシステムには2つのタイプがあると考えたほうがいいでしょう。1つは、「マイナスをプラスにする幸福」です。飢えや寒暖、病気、重労働、身体的不快感から逃れることが幸福であるというものです。一人当たりGDPがある程度高い社会は、大多数がこのレベルの幸福は得ているわけです。

しかし、消極的幸福、すなわち不幸がない状態というのは、幸福とはちょっと違います。なぜかというと、苦痛や不快を経験しなければ、それがない状態を幸福とはなかなか感じられないからです。例えば年配の方なら、冬ならコタツの中以外は家に居ても寒かったのを経験しています。だから家に帰って部屋が暖かいと幸福だと感じられるのですが、今の若い人は「へぇ。家の中でも寒かったんだ」という感じです。生まれたときから、部屋が暖かいのは当たり前なので、そんなことでは幸福を実感できないのです。

そこで、近代社会において出てきたのが「消費社会の幸福」です。バウマンは、幸福を生み出すと期待される商品を買うことが、近代社会の幸福の基本だと言います。近代経済の原則は効用が幸福であり、労働が苦痛です。近代社会は消費するために働き、生産することを基本システムとして成り立っているのです。

この特徴は、終わりがないことです。幸福を生み出すと期待される商品を買い続けることができなくなると、即不幸になってしまうシステムが、近代資本主義社会というシステムにはビルトインされているのです。これが近代社会における貧困なのです。

では、幸福を生むと期待される商品とは何か? ジャン=フランソワ・リオタールという哲学者は、そのガイドラインを「物語」と名づけました。自分はある物語の主人公で、その物語をなぞることで人生を生きている。つまり、諸幸福の物語があって、このような商品を買うと幸福になるという物語を生きていく必要があるというわけです。

「婚活」もそうですよね。私は「結婚すると幸福になる」なんて一言も言っていないのですが、そういう物語を信じる人が必死に婚活をしていて、まるで私がそれを勧めているかのような矛盾した状況になっています。
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袖川芳之 (株式会社電通 ソーシャル・プランニング局 プランニング・ディレクター)

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