記事・レポート
吉田カバンの社長が語る「メイド・イン・ジャパン」ブランド
変わらないけど変わり続ける“ぶれない経営”に迫る
更新日 : 2010年03月16日
(火)
第6章 職人と社長が同じ土俵で話し合う大切さ
首藤明敏: 以前、『ぶれない経営』という本を書く際にインタビューさせていただきましたが、きょうはさらに加えていろいろお伺いしたいことがあります。
最初に、倉庫番のお話が印象に残りました。大学で会計学を学んだ若者が「倉庫番」になって、最初はちょっと落ち込んだりしませんでしたか。
吉田輝幸: ガックリしたというよりも、「父はどうして私を倉庫番からスタートさせたのだろう」という疑問を持ちました。それで父と一杯飲みながら、「なんで俺、倉庫番なの?」と聞いたら、「まあ、今にわかるから。黙って一所懸命やりなさいよ」と言われました。
職人さんとの会話はすごく難しいものでした。昔の職人さんは「しゃべることも嫌だ」という方が多いのですが、そういった方ほどいい商品をつくるのです。「どうすればこんなに素晴らしいものができるんですか」と聞きたいのですが、なかなか聞けないという状況でした。
1、2年過ぎた頃、職人さんから誘われて喫茶店に行き、いろいろな話をしました。「社長の倅なのに、よく倉庫番なんかやっているな」と言うので、「そんなに倉庫番はいけない仕事ですか?」と返したら、「そうじゃない。お前の親父さんはいいところに目をつけている」と言われました。
首藤明敏: 職人さんは気難しい人が多いということですが、付き合い方のポイント、大事な点は何ですか。
吉田輝幸: 別に難しいということではないのですが、やはり社長の倅だと、どうしても職人さんの方が私を目上に見てしまうところがあります。それを打ち消すことが、一番大事ではないかと思います。ある面では職人さんと友達で、同じ土俵の上で一緒に相撲をとれる、そうした関係をつくることが大事だと思います。
首藤明敏: デザイナーが斬新なデザインをしても、職人さんから「こんなのできねえよ」と言われたりすることもあるのではないですか。
吉田輝幸: しょっちゅうあります。そばで聞いていると冷や冷やするような言い合いをやっています。ただ、職人さんはある種の根性がありますので、「言われたなら、1回やってみたる」といった気持ちがすごく強いんです。
例えば昼に打ち合わせをして、他社なら2回ミシンをかければいい部分を、うちの場合は「4回縫ってくれ」というケースが出てくるわけです。でも職人さんは「4回なんて、ミシンがかからない」と言う。お互いに言い合いをしても結論が出ず、「とにかくテストしてみてください」ということで別れるわけです。
そうすると、職人さんはすぐに自分の職場に帰って試してくれて、できたらすぐに持って来てくれるんです。「ほら、できたよ」と。
首藤明敏: 「これでどうだい」みたいな感じで?
吉田輝幸: そうなんです。「見ろ、できたぞ。そのかわり、ここは汚くなるから何とかしないと」と、今度はデザイナーに教えてくれて、いい関係ができるわけです。そういった話し合いから生まれる商品は、やはり素晴らしい出来になります。
首藤明敏: 逆に言うと、別の手段を選べばもっと早く、安くできるじゃないかという話ですよね。中国製品は日本にたくさんありますが、海外で生産しようと考えられたこともあるのではないですか。
吉田輝幸: 「日本の職人さんを絶対絶やしてくれるな、海外生産には一切手を出すな」という父の遺言で、これは絶対に守らなければいけないんです。我々の業界では当時、みんな中国になびいたので、「吉田さんは、なんでやらないの?」と言われましたが、振り返ってみれば、やはり父は正しかったと思います。
首藤明敏: それだけ強い求心力と、ものづくりの心をお持ちの創業者の後を継がれたわけですが、あまりにも創業者の存在が大きすぎて、新しいことがなかなかやりにくいということはありませんか。
吉田輝幸: ないことはありません。ただ、私には責任者として使命があります。特にデザイン関係は、デザイナーがやってくれていますので、経営者としてやるべきことをやっていけばいいと思っています。
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該当講座
吉田輝幸(株式会社吉田代表取締役社長)
首藤敏明(博報堂ブランドコンサルティング社長)
本セミナーでは、独自の輝きを放つ日本発のブランドを育てた経営者の一人である、吉田カバンの吉田輝幸氏をお招きします。1935年の創業以来一貫して変わらない鞄づくりに対する技術のこだわりと、長く愛され続けるブランドをどのように確立してきたか、その手法に迫ります。
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