記事・レポート

CATALYST BOOKS vol.6

理解を深める1冊

更新日 : 2023年02月13日 (月)
社会における様々な「つながり」を見直し、常識を再構築するカタリスト・トーク』。
ここでは、毎回トークの中でゲストの方々にご紹介いただいた「テーマの理解促進につながる1冊」を振返ります。

イベントに参加した方は「より深く知る」ために、イベントに参加していない方は「良質な書籍に出会う場」として、このページをご活用ください! <各イベント開催日の翌週に公開予定>

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 CATALYST BOOKS vol.3理解を深める1冊
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小野塚知二さんが紹介するカタリスト・ブックス
~指揮命令のない共同作業は可能なのか?~

私たちが日常生活を送る中で、当たり前になっている思考の枠組みを取り払い、イノベーティブな発想を促すことを目指す、高梨直紘さんのカタリスト・トーク。普段、ビジネスパーソンが考えることのないアカデミックな話題に触れることで、私たちが囚われている常識から思考の解放を試みるシリーズ第5回、最終回では「指揮命令のない共同作業の可能性」をテーマに東京大学の小野塚知二さんをお迎えして議論しました。

生物として他の動物よりもひ弱な存在であるヒトは、互いに協力して共同作業をすることで生き延びてきました。共同作業は人類に繁栄をもたらしましたが、一方で、効率的に分業を進めるためには指揮命令・支配服従関係を必ず伴います。近現代になって、個人の自由や平等が尊重されるようになっても、共同作業における支配と被支配の関係はなくなっていません。

小野塚さんは、共同作業における「指揮命令-服従実行」の関係を「労指関係」と呼び、それが階級、身分、権力などのすべての上下関係の源泉になっていると考えています。これまで人類は、権力支配関係を廃絶しようと様々な試みをしてきましたが、結果的にすべて失敗に終わっています。支配を排除したアソシエーション(生産協同組合、株式会社、労働者自主管理企業)、社会主義革命、共産主義も失敗に終わり、効率を重視する資本主義と、支配を残した株式会社が生き残る結果となっているのです。

果たして、人類が夢見続けてきた「支配-被支配」の関係を私たちは廃絶することはできるのでしょうか?今回のカタリスト・ブックスは、これまでの労指関係の歴史、なぜ労指関係が必要とされてきたのか、その廃絶の試みと失敗の歴史を振り返り、指揮命令のない共同作業の可能性を探る3冊です。

1冊目は、経済史学者の大塚久雄氏の研究を没後20年に再考する『大塚久雄から資本主義と共同体を考える』(梅津順一、小野塚知二 編著)です。本書の第2章「近代資本主義とアソシエーション:永遠の希望と永遠の絶望」を執筆した小野塚さんは、章のタイトル通り、支配関係を廃絶するという夢を人々にずっと与え続けてきたアソシエーションが、結局は失敗し続けることによって人々に絶望を与えてきた歴史を振り返ります。

自由で平等な個人が指揮命令のない共同作業を実現したいという夢は現代にも引き継がれています。特に、テクノロジーの発展によってそれが可能になるのではないか、と分散型自律組織(DAO)に希望を見出す人々もいます。それほど、支配関係を生まないフラットな共同作業は、理想として人々を魅了し続けるものなのでしょう。

2冊目の『日本の労働者自主管理』(井上雅雄 著)は、アソシエーションの夢がいかに脆くも崩れるのかを示してくれた書籍だと小野塚さんはいいます。

本書は、戦前から続いてきた日本を代表する光学機器企業が倒産した後の1970年代から1980年代に、そこの企業の労働者たちが自分たちで経営をやり直そうと試みた労働者自主管理再建闘争の事例を丹念に分析しています。支配-被支配関係の無い労働者自主管理の試みが、最終的に失敗に終わっていく過程が明らかにされており、人間がいかに支配関係から逃れることができないかを明確にしています。

3冊目の『労務管理の生成と終焉』(榎一江、小野塚知二 編著)で小野塚さんが執筆した序章「労務管理の生成とはいかなるできごとであったか」では、労指関係を必要としない共同作業を実現するには、どのような条件が必要なのかが書かれています。この章の中で小野塚さんは、「事前の相談、練習、作業進捗の確認」が、作業中にタイムリーに意思疎通ができたら労指関係は必要ない、と書いていらっしゃいます。

実際に、指揮命令のない共同作業を実現している人たちの事例から考えると、サッカーやバレーボールなどのプロスポーツのチームプレーや、指揮者不在でも成立するオーケストラの演奏など、少人数固定メンバーの達人による短時間のチームワークならば可能だといいます。

しかし、それらの事例は少数精鋭による瞬時の意思決定を短時間行うという限定的な場面となり、一般的な人々に普遍化することは難しそうです。

それでも小野塚さんは、限定的であったとしても「指揮命令-服従実行」のない共同作業の可能性を考えることは、持続可能な社会、よりよい社会を考える上で必要なのではないか、と考えます。

日常的に仕事をする中で、当たり前のように上司部下の関係を持つ私たちが、その常識を疑って思考してみることが、「人類の永遠の夢」に近づく一歩になるかもしれません。




石田英敬さんが紹介するカタリスト・ブックス
~オンラインがデフォルトになった現代世界の原理を知る~

高梨直紘さんのカタリスト・トークでは、普段の生活では触れることのないアカデミアの研究テーマに触れることで自分が無意識のうちに日常的に囚われている思考の枠組みを外し、新しい発想や創造的なアイデアを得るために凝り固まった思考をほぐすことを目指しています。

シリーズ第4回は「新記号論」を研究する石田英敬さんをお迎えし、私たちが現在当たり前のように生きる情報化社会の原理となった17~18世紀のライプニッツなどの哲学者が確立させた「記号論」を振り返り、スマホの登場によってコンピューターといつでも接続することが当たり前となった私たちの世界がどのように規定されているのかを俯瞰して辿りました。

そもそも、いまの人工知能に繋がるコンピューターの仕組みの原理を発案したのが、哲学者ライプニッツだったということはヨーロッパでは誰もが当たり前に知っている常識ですが、アジアでは知られていません。

いまの世界の基になる設計図を描いたのは誰なのか?現代のスマホを始めとしたコンピューター文明の原理を作った側のことを知らずして、将来に向けて技術を発展させていくことはできない、と説く石田さん。ご紹介くださったカタリスト・ブックスは、人間の知能の発達と道具の関係を原理から考えるものから現代、そして未来のコンピューターと人間の関係までを見通した3冊です。

1冊目は人類の進化の本質を太古から現代に至るまでの生物学的、文化的な進化実証的、理論的に提示しようとする『身ぶりと言葉』(アンドレ・ルロワ=グーラン著)です。二足歩行によって脳と手足を発達させた人類が、どのように道具を作り、使い、知性を育んでいったかが描かれています。
現代に生きる私たちが当たり前のように使うスマホやパソコン、デジタルツールの根本を考える上で、太古からの人類の進化の過程そのものに迫ることが、その本質を理解することを可能にするのだと考えさせられます。

2冊目は石田さんご自身の研究に関連する『新記号論』(石田英敬、東浩紀 著)です。石田さんはイベント当日の解説で17世紀の哲学者ライプニッツらが確立した記号論を「バロック記号論」、20世紀のラジオ・テレビの出現により発展したマスメディアと大衆文化の時代の記号論を「現代記号論」と呼び、21世紀の時代に記号論をアップデートするご自身の研究を「新記号論」と呼びました。本書では、石田さんが東浩紀さんに「新記号論」を講義する形で展開されています。

コロナ禍で普及したリモートワークのように、リアルに場所を共有していなくても、コンピューターのインターフェース上で人々が生活するようになった現代。人間の動き(精神と身体)と、その裏で動くプログラム(機械)の情報処理の両面関係が成り立っているのが21世紀の私たちの生活のデフォルトになっていて、それを詳しく研究していくのが新記号論だといいます。

3冊目は、『クララとおひさま』(カズオ・イシグロ著)です。ノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロ氏によるこの小説は、人工知能を搭載したロボット(Artificial Friend, AF:人工友だち)のクララと病弱な少女が出会い、一緒に生活をする中で友情をはぐくんでいく様子が描かれています。現代の私たちの生活では、車はドライバーをアシストする機能・自動運転化が進み、スマホに話しかけると音楽をかけてくれるなどのSiriを活用する場面も当たり前になってきています。近い将来、この本が主題としているような、ロボット(アンドロイド)と人間が愛情関係を築き、共に生活をしていくことも現実のものとなるのではないか、と石田さんは言います。

実生活にいながらも、インターフェース上でオンラインと繋がることが大半になったときに、実時間とリアルな存在や場所の意味はどうなっていくのでしょうか?過去から捉え直して未来を考えるのに適した3冊です。


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身ぶりと言葉

ルロワ=グーラン,アンドレ
ちくま学芸文庫

新記号論—脳とメディアが出会うとき

石田英敬 : 東浩紀
ゲンロン

クララとお日さま

カズオ・イシグロ
早川書房

大塚久雄から資本主義と共同体を考える : コモンウィール・結社・ネーション

梅津順一 小野塚知二
日本経済評論社
日本の労働者自主管理

日本の労働者自主管理

井上雅雄
東京大学出版会

労務管理の生成と終焉

榎一江 小野塚知二
日本経済評論社