CATALYST BOOKS vol.2
理解を深める1冊
Index
~ゼロから自分の頭で考えることが、前提の違う問いを生む~
「自分の頭でゼロから物事を考えている」という方はどれくらい、いらっしゃいますか?
街のインフラとして電動小型モビリティの展開を目指すLuupのCEO、岡井大輝さんがトークの中で強調したのが、自分でゼロから考えて積み上げていくことの大切さ。起業家、経営者ともなると、世の中に溢れる情報以上に各方面から意見、アドバイスという形であらゆる情報が入ってきます。それらの情報で「机の上がぐちゃぐちゃになる」と、本当に自分が目指すべき方向を見失いがちになってしまいます。
そこで岡井さんは、机の上のものを一度全て箱に入れて、自分でゼロから考えるということを大切にしています。そうすることで、実は解くべき問いが全く違っていた、ということにも気付くことができるからです。
そんな岡井さんが紹介して下さったのは、解くべき課題の前提をゼロベースで問い直している本です。
『地球の未来のため僕が決断したこと』(ビル・ゲイツ著)は、2つの視点で解くべき問いの設定を根本から見直しているといいます。
1つ目は、ゲイツ氏自身が取り組んできた課題について。マイクロソフトを退任後、財団を立ち上げて世界の貧困層の救済に精力的に取り組んでこられたゲイツ氏ですが、本書では、気候変動を先に解決しなければ貧困は解決しないものであり、本来優先すべきは気候変動だったと、ご自分の課題設定を見直したというのです。
2つ目は、気候変動を解決するために世界で行われている対策について。本書によると、地球上で年間排出される温室効果ガスの量は約510億トン。これまで国際的に話し合われてきたCO2を始めとした温室効果ガス排出削減の目標は各国によって異なりますが、2013年比で2割~3割。それでも達成できないかもしれない、と言われています。しかし、ゲイツ氏は「地球温暖化を食い止めるためには、年間排出量の510億トンをゼロにしなければ根本的な解決にならない」と本書で断言します。
「排出量をゼロにする」となれば、解決策の入り口がこれまでとは全く異なるものにならざるをえません。「少し減らせばいい」というレベルではないからです。従来あるものとは前提の異なる対策に乗り出したゲイツ氏。岡井さんは、これこそが自分の頭で考えたからこそ出てきたイノベーションにつながる視点だといいます。
~都市と地方にとって、いま一番大切だと思うこと~
かつて世界1位の生産量を誇った日本の漁獲量はいまや半分に落ち込み、漁師の担い手も減る一方という厳しい現実に直面する日本の漁業。以前から衰退・縮小するばかりで課題が山積していた三陸の漁業に、2011年の東日本大震災は壊滅的な打撃を与えました。そこから「元に戻すための復興」ではなく、以前からの課題を根本的に解決すべく、漁師の阿部勝太さんとヤフーの社員として現地で復興支援を行う長谷川琢也さんが地元の漁師たちと立ち上げたフィッシャーマン・ジャパン。まずは漁業の担い手を増やすための人材採用・育成から始まり、学校給食への魚食の活用と食育を結びつけるなど、活動の幅を広げ、その活動の場所も三陸から日本全国に広がっています。
今回ご紹介いただいたのは、お二人がそれぞれ、都市と地方双方にとっていま一番大切だと思っていることが代弁されている本です。
阿部さんがご紹介下さった本は、『都市と地方をかき混ぜる「食べる通信」の奇跡』(高橋博之著)。
農家や漁師から直接、旬の食材を購入できる「ポケットマルシェ」を運営する著者の高橋さんは岩手県ご出身で、以前から地方の生産者を盛り上げるために何ができるかを語り合った仲間だといいます。本書では、地方と都市、生産者と消費者をマッチングさせることで新たな価値を生み出し、課題解決につなげていることが書かれています。地方の課題、都市の課題はそれぞれの人たちが交流し、協働することで解決に導くことができると考える阿部さんにとって「僕たちの声を代弁している」本なのです。
これまで、外の情報や文化を取り入れることが苦手で閉鎖的になりがちな漁村を変えたのは、震災を機にやってきた、多くのボランティアたちでした。彼らとの交流から、徐々にベテランの漁師たちも考えを変えていったといます。震災は甚大な被害をもたらしたけど、同時に地方が変わるきっかけも与えてくれた。地方の課題はその地元の人だけの力では変えられず、文化を大切にしつつも、どれだけ多くの人と関わるかが重要だと阿部さんは考えます。都市と地方の幸せな関係を考える上でピッタリの本です。
長谷川さんお勧めの本は『サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル』(安居昭博著)。天然資源を使って生産し、消費して捨てる、という一方向で終わる経済ではなく、循環型の経済のあり方を探る本で、まさに長谷川さんがこれからやりたい、と思っていることが書かれているそうです。「海に関わったことで、海と山と空は全部つながっていると分かった。海には国境や県境も見えないので、地球全体を考えなければならない。」と思うようになった長谷川さんが目指すのは、正しい地産地消の姿。
食料自給率が低い東京でロックダウンが発令されたら、あっという間に危機的状況になります。人間にとって便利な大量生産・大量消費・大量廃棄がゼロになることはないかもしれません。それでも、少しでも身近なところで生産者を見直し、環境負荷を抑えながらどうやって経済を回すか、楽しく暮らせるか。それを目指すことはできるのではないか、と長谷川さんは問います。オランダの事例だけでなく、もともと日本は循環型経済を実践する国だったという紹介もあり、日本再生の鍵がここにある、と感じさせる1冊です。
藤原辰史さんが紹介するカタリスト・ブックス
~「食」を中途半端に考えるのをやめるための本~「食」について考えよう、と言われたとき、皆さんなら何を考えますか?有機野菜をとる、農家や漁師の顔が見える食材を買う、日本や世界の食文化について考える、或いは将来の食糧難を見据えた昆虫食の話題も思い浮かぶかもしれません。
しかし、歴史学者の藤原辰史さんは、それだけでは「食」を本当に考えることにはならない、と指摘します。「食べているのは、人間だけか?」という問題提起から始まった藤原さんとのトークでは、私たちの口に入り、身体から出ていった先までの連鎖を見ること、そして、食べるという私たちに身近な行為は何なのか?---サプリメントや点滴、ペットフードとの違い---を根本から考えるところまで掘り下げて語られました。 藤原さんがピックアップしたのは、「食」を普段とは異なる視点から考えるための2冊です。
『雑食動物のジレンマ—ある4つの食事の自然史』(マイケル・ポーラン著)
20世紀初頭から化石燃料なしには営めないフードシステムが登場し、急速に普及したことから、人間は信じられないほどの環境破壊と健康破壊を自らもたらしてしまった、という現状認識が本書の出発点。肉がすぐに骨から外れやすいように品種改良がされた鶏。石油由来の抗酸化剤をスプレーされるチキンナゲット。トウモロコシを飼料にすることで第一胃が酸性化し胸焼けを起こす肉牛。現状を直視し、食を過剰な商品化から脱出させる道筋を探っています。後半は本当に美味しい食べ物を目指してキノコを探し、狩猟の免許をとってイノシシを撃ったりする話が続き、冒険物語のようで全く飽きないといいます。
『戦争と飢餓』(リジー・コリンガム著)
“The Taste of War”という原題で、藤原さんの研究テーマにも近い内容という本書は、第二次世界大戦中の飢餓という暴力をまとめあげた歴史書です。 インドのベンガル地方に飢餓を「輸出」したイギリス。レニングラードを封鎖し、住民を兵糧攻めにしたナチス・ドイツ。スターリンの穀物徴発により大規模な飢餓が発生したソヴィエト・ロシア。第二次世界大戦は壮絶な食糧戦争だったことが記されています。
日本については、日本陸軍が食糧の補給を軽視して戦争を進めたことで、陸軍の半数が餓死者であり、住民も飢餓に苦しめられた歴史が書かれています。戦争において最も多く人を殺した暴力は、兵器ではなく、飢餓だったという事実が私たちに突きつけられます。
毛利嘉孝さんが紹介するカタリスト・ブックス
~芸術文化も取り込んでいく資本主義がもたらすパラドックス~アートと経済が接近し、境界が曖昧になったことから生じる問題をトークで取り上げた社会学者の毛利嘉孝さん。以前は絵画や彫刻など物質的なものが主流だった芸術作品が、現代はコミュニケーション、制度、コミュニティなど非物質的なものに軸が移っています。
経済の側も「物質から非物質へ」の動きが加速しています。製造業を中心とした経済が、いまやGAFAに代表されるネットワークを販売するものに変わりました。Steve Jobsのようなアーティスト的な人が理想の経営者として注目を集め、クリエイティビティやコミュニケーション力など、労働者に求められるスキルもアーティスト的なものに移行しています。
本来、市場原理の需給関係とは遠いアーティストの活動が市場メカニズムに取り込まれていく矛盾を指摘しているのが、イギリスの音楽評論家、マーク・フィッシャーの著書『資本主義リアリズム』です。
自分の表現で良いものを創作したいというアーティストの活動は、市場の外に存在するはず。しかし、最終的に作品の価値が金額に還元され、金銭価値がアーティストの価値と同化してしまう。「商品化」されたくないのに「商品」として消費されていく矛盾に苦しむアーティストの姿は、フィッシャー自身が抱えた葛藤でもありました。
資本主義には外がない。外に出ても取り込まれてしまう---資本主義の終焉よりも世界の終焉を考えた方が早い、と思い詰めてうつ病になり、自ら命を絶ったフィッシャー。
しかし、毛利さんはフィッシャーの本や論考から希望を見出します。資本主義には色々なレイヤーがあり、そこからフィッシャーが模索した新たな形は、いまの若い世代による新しい文化の作り方に通じるものがあるといいます。この本を読むと元気になるという毛利さんお勧めの1冊です。
辻愛沙子さんが紹介するカタリスト・ブックス
~アクティビズムを続ける勇気をくれる書籍~社会派クリエイティブを掲げる越境クリエイターの辻愛沙子さんは、広告などのクリエイティブ表現だけでなく、個人としても日々、ジェンダー、環境、政治に関わる社会課題についてSNSやメディアで発信しています。声を上げ続けていると、批判の矢が匿名で飛んでくることも頻繁にあり、周囲からは「疲れないの?」とよく言われるそうです。今回ご紹介するのは、そんな彼女が声を上げ続けるうえで、定期的に読み返し、心の支えになっているという2冊です。
『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(綿野恵太・著)は、差別に対する向き合い方の違いを、「アイデンティティ」と「シティズンシップ」という言葉を用いて解説している1冊です。当事者ないしは被害を受けている側の立ち位置から起こすアクションやアプローチと、当事者ではないけれど社会の一員として地続きである問題と捉えて起こすアクションについて、それぞれの目線から紐解いています。個々の問題によって当事者性の濃淡が異なるがゆえに、どう相互理解をし、尊重し合いながら連帯していけばいいのか、頭を整理し、考えさせられるきっかけになったと言います。
2冊目の『Weの市民革命』(佐久間裕美子・著)には、アメリカで起きている若者たちによる消費アクティビズムが描かれています。まさにこれからの日本に必要な考え方がこの本に描かれていると辻さんは考えます。
従来の利害関係を持つもの同士が連帯していた時代から、社会課題の解決を目的(パーパス)に掲げて生活者や企業が連帯していく時代への変化は、辻さんの活動とも重なります。
「辻さんの発信を見ていると、女性や社会のマイノリティに寄り添う広告のあり方があるのではないかと期待できる気になります。ぜひ、業界に大きな風穴をあけてください。」モデレーターの軍地彩弓さんが著者で友人の佐久間さん本人から辻さんへのサプライズメッセージとして読み上げた内容は、これから広告業界で起こりうる革命を予見させます。
Index
「差別はいけない」とみんないうけれど。
綿野 恵太平凡社
Weの市民革命
佐久間 裕美子朝日出版社
資本主義リアリズム
マーク・フィッシャー、セバスチャン・ブロイ堀之内出版
雑食動物のジレンマ 上
マイケル・ポ−ラン,ラッセル秀子東洋経済新報社
雑食動物のジレンマ 下
マイケル・ポ−ラン,ラッセル秀子東洋経済新報社
戦争と飢餓
リジー・コリンガム河出書房新社
都市と地方をかきまぜる
高橋博之光文社
サーキュラーエコノミー実践—オランダに探るビジネスモデル
安居昭博学芸出版社
地球の未来のため僕が決断したこと
ビル・ゲイツ早川書房
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