記事・レポート

大人のための読書論

~書物語り、ブックトークより~

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2016年01月27日 (水)

第3章 読書エッセイ

 
澁川雅俊: 人と本とのかかわりは、本を書く、本を出す、本を売る、本を読むことに現れますが、そのかかわりが最も端的に現れるのは読書です。確かに人びとが一心不乱に本を読みふけっている写真を集めた『読む時間』〔A・ケルテス〕のように、読書という行為が客観的に具象化されることがあります。

 しかしその本質は、本の中味と読者の頭脳とのやりとりで、目に見える行為ではありません。そのやりとりで人は、「面白かった」とか、「どこがどう面白かった」とか、「つまらなかった」とか、「よくわからなかった」とかなどと感想を持ちます。最近ではその感想をブログに書く人たちが増えていますが、作家などの職業的文筆家は、そうした小論をしばしば新聞や雑誌に寄稿し、後にそれらを単行本に仕立て直して出版することがあります。それらの小論は、ときには前に述べた読書論を意識したものであったり、またときにはこの後で取り上げる書評を意図したものであったりします。

 基本的には読書随想録あるいは読書日誌なのですが、ここでは「読書エッセイ」と呼んでおきます。このところ、女性作家や女性文筆家が書いた読書エッセイの出版が多く見受けられます。
その作品にふさわしい音楽とは?

  たとえば芥川賞作家で、現代日本を代表する作家の一人である小川洋子は『みんなの図書室〈1・2〉』を出しています。この作家は毎週ラジオでヤングアダルト向けに近・現代の名作名著のブックトークをしていますが、そのプレゼンテーションに特色があります。それは、取り上げた作品にふさわしい音楽を3曲選んで放送していることです。たとえば鴎外の『舞姫』では、シューマンの「クライスレリアーナ」、バッハの「G線上のアリア」、ジャズの「Things I don’t understand」、というように。

 また、現在わが国で最も才能豊かで優れた小説家の一人である角田光代は、『私たちには物語がある』と『ポケットに物語を入れて』を相継いで出しています。
 食文化と暮らしに関するジャーナリストで、エッセイストでもある平松洋子も、『野蛮な読書』と『本の花』を出しています。これらの本に彼女の書物観や読書観が随所にさまざまに表現されていますが、前の本では、食べ物や暮らしにかかわる話題を本筋とし、本については「そう言えばこのことについてこんな本があった」や「この作家はこのことについてこの本でこんなことを書いていた」などの扱いです。一方後の本は書評に近いエッセイです。

 なお読書エッセイと書評との境界線は明確にしにくいのですが、ここでは総じて筆者の印象や感想が強く表現されているものを取り上げています。少し前にベストセラーとなったエッセイ集『負け犬の遠吠え』を書いた酒井順子も『本が多すぎる』を出しています。一冊の本を読むと、その中に何点かの本が出てきたり、思い出されたりするわけですが、それを芋づる式に辿っていくことの愉しさをこの本の「まえがき」で書いています。彼女はさまざまなトピックについて、一つの作品に出てくるいろいろな本や歯切れのいいエッセイを、ブックトーク風に語っています。

選書家、またはブックディレクターによるオススメ

  池澤春菜の『乙女の読書道』もこの種の本です。彼女は、声優・女優、歌手、エッセイストなど幾つもの肩書きを並べていますが、その背景についてこんなことを語っています。「それは本なんです。本がのりしろとなって、全部をつないでくれている…年間300冊ほど読み、多くの言葉に出合ってきた。現実にはあり得ない光景も想像してきた。だから、いろいろな役をやれるし、歌に言葉も乗せられるんだと思います」。『ホンのひととき』を出した中江有里も歌手としてデビューしましたが、本業は女優です。いま小説や脚本も書いているようですが、NHK-BS「週間ブックレビュー」でメインキャスターを務め、いま「朝イチ」の金曜エンタメで新刊書の紹介を担当しています。彼女がその本で紹介しているのはほぼ文芸書ですが、以上に挙げた女性たちが取り上げなかった政治・経済・社会関連本や科学本も選んでいます。

 もちろん読書エッセイの書き手は女性だけではありません。男性作家・文筆家もあちこちの新聞・雑誌に寄稿しています。しかしそれらを一冊の本にまとめて出している書き手は、近年そう多くはありません。幅允孝の『幅書店の88冊』はそうした少ない単行本の一つです。この人物は「選書家」、あるいは「ブックディレクター」などと呼ばれています。その仕事は、本の世界の表舞台にこれまではっきりとした形で現れることはありませんでした。このところわが国では毎年7万点超と非常に多く、また様々な種類の本が出版されています。

 それらの本が‘一堂に会する’ことは現実にはないのですが、仮にあったとしたら、一般の人びとはその多さに圧倒されてしまい、おそらく‘本の樹海’に迷い込んでしまって自分を見失ってしまうことは必定です。その状況に選書家とかブックディレクターなどと新語でよばれる職業人が必要になります。厖大な量の新刊書の中から本を求める人に「これは!」という本を選んで、薦めることが仕事の基本です。その限りでは書評家に似ていますが、書評を書き、それを新聞・雑誌の書評欄で発表することによって〈面白い本〉や〈真実の本〉や〈役立つ本〉の存在を伝えるのではなく、特定の団体顧客(ホテル、病院、場合によっては学校など)の依頼に応じて複数の‘これは!’本を選び、パブリックスペースに展示しつつ、それらの施設の知的空間あるいは読書環境を演出します。『本の声を聴け』〔高瀬毅〕はブックディレクター幅允孝を応援して、彼が本を並べるとその書棚が光り輝くと述べています。


読書エッセイ 

  『枕草子』や『徒然草』、あるいはモンテーニュの『随想録』を持ち出すまでもなく、エッセイを体験や読書などから得た知識をもとに、森羅万象に想いを馳せる散文と捉えると、やや硬派な読書エッセイですが、こんな本もあります。『神曲』を口語訳した平川祐弘は『書物の声 歴史の声』で、子どもの頃から読んできた名著・名作を回顧し、本とのかかわりを通じた自分史を書いています。また『読書の歴史—あるいは読者の歴史』、『図書館—愛書家の楽園』などの前著があるA・マングェルは世紀の読書人と呼ばれるべき人物ですが、読書と人生に関するエッセイ集『読書礼讃』は、西欧の古典・名作の熟読を背景とした深い読み物になっています。

 この章の最後に『本についての詩集』〔長田弘 〕を紹介します。標題に「詩集」とあるように本と読書に関する詩篇のアンソロジーです。選者は『世界は一冊の本』、『幸いなるかな本を読む人』、『本を愛しなさい』などの詩集や読書エッセイを出している詩人で、20世紀の文学者や詩人や芸術家たちが謳った古典や名著・名作への讃歌が集められています。たとえば、チェーホフに対する賢治の、ニーチェへの朔太郎の、シェイクスピア、とりわけ『ハムレット』へのランボオの、ランボオへのシャールの、『奥の細道』への光太郎の讃歌が90篇以上選ばれており、それぞれの真髄を端的にうたいあげています。

関連書籍

読む時間

アンドレ・ケルテス
創元社(大阪)

みんなの図書室

小川洋子
PHP研究所

私たちには物語がある

角田光代
小学館

ポケットに物語を入れて

角田光代
小学館

野蛮な読書

平松洋子
集英社

本の花

平松洋子
本の雑誌社

乙女の読書道

池澤春菜
本の雑誌社

本が多すぎる

酒井順子
文藝春秋

ホンのひととき—終わらない読書

中江有里
毎日新聞社

幅書店の88冊—あとは血となれ、肉となれ。

幅允孝
マガジンハウス

本の声を聴け—ブックディレクター幅允孝の仕事

高瀬毅
文藝春秋

書物の声歴史の声

平川祐弘
弦書房

読書礼讃

アルベルト・マングェル【著】,野中邦子【訳】
白水社

本についての詩集

長田弘
みすず書房

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