記事・レポート

ハコモノ行政は、デザインで変えられる

建築家・谷尻誠と「ONOMICHI U2」の出会い

更新日 : 2015年09月16日 (水)

第6章 サイクリストのための「HOTEL CYCLE」


 
場所が持つ記憶を大切に

高橋俊宏: 「ONOMICHI U2」の中心は、何と言っても「HOTEL CYCLE」です。ホテルの横には自転車メーカーのショップまであり、サイクリストにとっては夢のようなホテルですよね。

谷尻誠: サイクルという名前は、自転車に乗る人に向けたホテルという意味もありますが、尾道の過去・現在・未来という時間の流れ、循環、再生といった意味も込めています。この名前も、皆で話し合いながら決めました。

実は僕自身、昔から国内の様々なレースに参加するほど自転車が大好きで、独立した理由も自分で設計事務所がやりたかったというよりも、好きな時に自転車レースに参加したかったから(笑)。そのため、内部の設計については、乗り手の視点から色々と検討しました。例えば、自転車に乗ったままチェックインできるフロント、色々な場所にある駐輪・整備スペース。ホテル脇のカフェには、自転車に乗ったままドリンクなどが購入できるサイクルスルーカウンターもあります。

また、宿泊される方の中には、高額の自転車に乗っている方もいるため、鍵を付けて駐輪スペースに置いておくだけでは不安になると思います。そこで、客室の中にも自転車用ラックを設けることで、愛車を眺めながら安心して疲れをいやせるようにしました。

一般的に、建物は人間のためにつくられるものですが、例えば、美術館は人がクライアントであるのと同時に、飾られる作品もクライアントと言えます。そのため、作品にも配慮した環境が整えられています。同じように、自転車も乗る人と一緒に安心して泊まれたらいいのではないかと思いました。これも、当たり前を疑うことの1つだと思います。

出原昌直: ホテルのメインエントランスには、彫刻家の名和晃平さんが監修した「Molecular Cycle」という作品を置いています。

谷尻誠: そのような新しく入ったものと、元々あったものが化学反応を起こしながら、心地よい空間にできないかなと考え、「古い倉庫の良さはできる限り、そのまま残そう」と提案しました。その場所が持つ時間の流れや記憶を継承しつつ、新しい何かを提案することが、プロジェクトの基本にあったからです。外観にもほとんど手を加えていませんし、古い扉や木の梁などもそのまま残しています。

高橋俊宏: 僕も何度か訪れていますが、単純にすべてを新しくするのではなく、海運倉庫としての歴史がそこかしこに感じられる。素晴らしい場所ですよね。

谷尻誠: 僕としては、無理やり全部を変えるのも何か違うように感じていました。日本では例えば、重要文化財になるような建物は大切にされますが、そこまでには至らないような古い建物は、壊されて、まったく新しい建物に生まれ変わるケースが多い。僕はこうした古ぼけた建物のことを「なかなか建築」と呼んでいます。「なかなかいいよね」と感じる建物だから、「なかなか建築」(笑)。こうしたものは、まちの人も価値を見いだしにくいため、いずれ壊されてしまいます。

「ONOMICHI U2」のベースになった古い倉庫も、尾道で暮らしてきた人にとっては、見慣れた場所であり、従来はあまり価値が見いだせなかったはずです。だからこそ、新しくなった時に良い意味で違和感を覚え、新鮮に感じてもらえる。外からやって来た人達も、この場所に立つだけで、まちの記憶を感じることができると思います。

もちろん、サイクリストに限らず、一般の観光客でも瀬戸内や尾道の魅力を楽しんでいただける場所になっています。ぜひ一度、訪れてみてください。

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