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おとな絵本

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更新日 : 2013年12月19日 (木)

第3章 近・現代文学絵本



澁川雅俊: 物語の絵本化は、評価が定まっている文学作品の中から特定の画家が自分の敬愛する作家や好みの作品を自分のイメージで描きたいという想いがモチーフになっています。また、数はそれほど多くありませんが、特定の画家や絵画を素材に文芸作品を書きたいという想いで制作された絵本もあります。


●「こども」から「おとな」への回帰

画家堀越千秋がセルバンテスの『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』を自家薬籠ふうに仕立て上げた『ドン・キホーテ・デ・千秋』(木楽舎)などはその典型でしょう。この時代遅れの騎士道を滑稽に演じる男の物語は、表面的な可笑しさからしばしば絵本や少年少女文学に再話されてきたので児童文学と誤解されていますが、この原作は主人公の滑稽な物の見方考え方と奇妙な行動を通じて現世の問題や矛盾を鋭く指摘する小説で、文学評論ではメタフィクションと呼ばれているものの世界的な代表作とされています。画家は前に『ドン・キホーテ(全4巻)』(新潮社)に装幀を含め40枚の挿絵を描いていますが、『…千秋』はそれらを収録した絵本で、詞書きは原作を踏まえた画家の書き下ろしです。

最近『ガリヴァー旅行記〈ヴィジュアル版〉』(クリス・リデル絵/岩波書店〕と『ピノキオの冒険〈新装版〉』(ロベルト・インノチェンティ絵/西村書店〕の絵本が邦訳されていますが、これも『ドン・キホーテ』と同様に‘こども’絵本化された文学作品です。『ガリヴァー旅行記』は18世紀にアイルランドの小説家スウィフトが発表した世界的文学作品で、当時の人々の道徳と品行に対して痛烈に風刺した不朽の名作であり、最上級の政治哲学と評されていたのです。しかし20世紀に入って、その構想の意外性から小人国と巨人国の篇が再話されて世界中に広まったために子ども向けの読み物にされてしまいました。ピノキオも19世紀イタリアのジャーナリスト、コッローディによって書かれた政治的風刺、とりわけ同国の法制度に対する風刺を含んだ物語なのですが、ディズニーが人に生まれ変わった悪戯人形[ 5]の物語に換骨奪胎してしまったのです。これらはいわば‘こども’絵本の定番となってしまい、これまでに非常に多く出版されてきましたが、ここに取り上げた2点は、原作のメッセージを生かして絵本化しています。

●短編小説は絵本で

原作の機知を損なわずにビジュアライズできるのは短編小説であるがゆえなのでしょうか。国内外の優れた短編小説を絵本化した作品を何点かあります。
チェーホフの小説にザトゥロフスカヤが絵をつけた『ロスチャイルドのバイオリン』(未知谷)はバイオリンの名手だった棺桶作りの楽器がどうして不仲のフルート奏者に遺されたかを書いた短編ですが、40余点の水墨画が‘おとな’絵本の雰囲気を醸し出しています。なおロシアの作家では小川洋子が再話したツルゲーネフの『はつ恋』(中村幸子絵/角川書店〕もあります。

『変身』で有名なカフカに『田舎医者』(山村浩二訳・絵/プチグラパブリッシング〕と「恩返し」・「初めての悩み」・「羊猫」を収録した『カフカの絵本』
(たぐちみちこ文、田口智子絵/小学館〕の2点の絵本があります。文学作品は活字テキストで読むべしと叱咤されそうですが、こうした絵本の存在にはそれなりの理由があるはずで、原作には原作の味があり、絵本にはまたもう一つの趣向があります。どちらを最初に選ぶかは読者が決めることでしょう。フローベールの『ボヴァリー夫人』(姫野カオルコ文、木村タカヒロ絵/角川書店)などもそういうものの一つです。

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