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「ガッツリ」にがっくり~すてきな日本語!?~

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カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2011年08月09日 (火)

第8章 素晴らしきかな、日本語(1)

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澁川雅俊: 6章の「日本語むかしむかし」とは反対に、日本語の行方にかかわる議論はあると考えて探してみるといろいろあります。

『日本語は生きのびるか』(平川祐弘)は、いささか挑発的な標題を掲げています。著者はダンテの『神曲』の翻訳者として有名な比較文学者ですが、この本は外国語、とりわけグローバル言語である英語や、隣国でしかも人口が世界(2010年10月時点での推計69億人)の5分の1が話す中国語の関連で日本語の行方を考察しています。副題に「米中日の文化史的三角関係」とありますが、内容はコトバそのものではなく、その国際関係を視野に政治・経済・社会・文化的背景を勘案してコトバの行方を考察しています。地政学的な観点における力関係と日本語の将来を危惧するなどというと、短絡的に日本人は将来英語か中国語かを選択しなければならないのではと心配になります。

しかしこういう本もあります。『日本語教のすすめ』(鈴木孝夫)は、「日本語は世界に誇る大言語なのだ。」と高らかに主張しています。この主張はナショナリズムに由来するのではなく、「明治以来日本の識者が信じ込まされてきた<日本語は遅れた不完全な言語である>…(中略)…今もって根強く見られるのは残念」でならない、これを払拭したいという言語学者である著者の所信に基づき、言語と人間に生きた関係を重視する文化社会学の見地から割り出されたものです。

また『日本語の正体』(町田健)という本があります。6章の日本語の歴史のところで挙げた本と同じ書名なので紛らわしいのですが、これは言語学者の日本語論で、コトバの本質をソシュール言語学の観点からとらえて論じています。内容的には啓蒙的な日本語論で、音・文字表記・単語・文法・語順など正統派の構成で解説されていますが、著者が日本語に誇りをもっていることが伝わってきます。なおソシュール言語学とは、コトバの言語(日本語とか英語とか、あるいは大阪弁とか津軽弁とかを指す)と言語能力(文字通りコトバで自己表現するスキル)を峻別して、言語能力にフォーカスした議論のことです。

コトバを通し日本人のアイデンティティを研鑽し、世界各国の大学で長年日本語の碩学が万感込めてその素晴らしさを書いた『日本語の旅路』(杉本つとむ)も挙げておきましょう。「日本人と言語生活」「日本人と日本語と外国人」「日本語、色と愛」「日本語の見える風景」などなどにわたる珠玉の文章が各章節に光っている愛蔵版ふうの、味のある随筆です。

しかし日本語論は国語学者や言語学者によって論じられるとは限りません。『私の日本語雑記』(中井久夫)の著者は、本業は精神科医でありながら、数々の文学賞を受賞しているエッセイストであり、そして翻訳家でもあります。この本は、それらの豊かな実践的言語経験を綴った日本語「随論」です。

またジョイスを含め数々の名作を邦訳してきた英文学者、柳瀬尚紀も『日本語は天才である』で、逆説的ですが、日本語の素晴らしさをこう喧伝しています。「生まれつきということのほかに、もう一つ、ぼくが天才という存在を考えるとき、孤独という言葉がいつも浮かびます。日本語は、世界の言語の中で孤独だと言ってもいいのではないでしょうか。天才だからこそ孤独である言語、孤独であるからこそ天才である言語——しかし孤独であるけれども豊かな言語……そんなふうに思うのです。」

『日本語教のすすめ』に志賀直哉が漢字学習の非効率さにかこつけて、太平洋戦争の敗戦を機にフランス語を国語にすべきだと主張していたことが紹介されていますが、文学者が日本語を大事にしているのはことさら言うをまたないところでしょう。「日本語って難しい。難しいから深みがあっておもしろい」と考えているようです。そのことをいまわが国のショートショートの名手が『日本語えとせとら-ことばっておもしろい』(阿刀田高)で軽妙に語っています。4千字にも満たない文字数で何かを書くことを本意とする短編作家としては、日頃コトバをぎりぎりまで峻別する作業を続けているのでしょう。この所信はこの作家ならではの言説です。「言葉というものは、一つ一つ、些細かもしれないが、人間の脳みその働きを細かく決定していく。言葉が豊富でなければ思考が豊富になるはずがない。言葉が明晰でなければ考えも明晰さを欠くだろう。侮ってはなるまい。」

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