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芥川賞作家、楊逸氏が語る

眉間にシワのよらない「異文化の中の常識」という話

ライブラリートーク
更新日 : 2011年03月15日 (火)

第5章 「同じ漢字の国」とは言うけれど……漢字から文化がわかる

楊逸氏

楊逸: 中国と日本は「同じ漢字の国」と皆さん言いますが、同じ漢字でも意味はいろいろ違います。言葉から文化がわかることもあるんです。日本に来た最初の頃は、漢字があるから困らない、日本語ができなくても大丈夫と思ったのですが、日本語を勉強して少しずつ意味がわかるようになると、違うところに少しずつ気付くようになりました。

私はこれまでずっと辞書を使って暮らしてきたのですが、辞書に載っている意味というのはあくまでも正しい意味で、本当に参考程度ですね。辞書に載っている言葉の意味というのは、就職するときに履歴書に貼る写真と同じです。履歴書の写真の表情は決まってしまっているけれど、実生活でずっとそういう表情かというと、そうではないですよね。喜怒哀楽があるし、微笑みという1つの言葉であらわす表情でも、いろいろな微笑みがあります。

言葉というのは生き物だと私は思います。特に、簡単な言葉ほど表情が豊かです。例えば「男女」。辞書には「性別」というようなことしか書いてありませんが、生活の中での使い方によって、いろいろな意味を持つんです。たとえば、猫嫌いなおじいちゃんが、隣の猫好きなおばあちゃんを殺したという事件がありました。ニュースには、「60何歳の男は、60何歳の女性を殺しました」と書いてありました。加害者は「男」、被害者は「女性」だったんです。どういう根拠で使い分けているのか、わかりません。

「女」とか「男」という言葉には、「加害者」とか「犯人」という意味があるのかなと思って辞書を調べてみましたが、そういうことは書いてありませんでした。同じように「男性」「女性」には「被害者」という意味があるのかなと思って調べましたが、それも書いてありませんでした。

日本には「女らしい」とか「男らしい」という言葉がありますよね。声のトーンの高さで「日本の女性は女らしいんだな」と思って憧れた時期もありましたけれど、もし「女」という言葉が「加害者」とか「犯人」にもなり得るならば、「女らしいというのは、すごく危ないことなんだ」って思ったりしました(笑)。「男」「男性」「女」「女性」という使い方は、中国語に直訳できないんです。

先日、仙谷官房長官が「弱腰じゃなくて柳腰」と言って、「柳腰は中国語では美女をたとえる言葉だ」と、すごい議論になりましたね。けれど仙石さんはあくまでも日本語で言っているわけだから、そこだけ中国語的にとらえるというのはずるい(笑)。

それから、同じ漢字でも、日本語は自由な感じがします。例えば「利益」という言葉は、企業なら「利益を追求して~」となりますけれど、お寺や神社では「御利益(ごりやく)」ですよね。同じ二文字なのに、違う場所で使うと“りえき”と言っちゃいけない決まりになっちゃう。

名前の読み方も自由です。何かの本に、日本で一番画数の少ない名前は「一一」だとありました。これ、どう読むのかというと、名字は「にのまえ」、名前は「はじめ」。「いちいち」って読めばいいのに、すごくふざけているって思ったんです。一が二の前なんて当たり前じゃないのって(笑)。

こういうセンスというか、日本語にしかできない遊び……と言ったら「にのまえはじめ」さんに失礼ですけれど、何かそういうふうに感じてしまうんです。そういうところが日本語は非常に面白いですね。

このように一つひとつ考えていくと、日本というのは文化に一定の遠慮があると思います。利益(りえき)じゃなくて、御利益(ごりやく)という読み方があるのは、「私は利益(りえき)を求めてお寺にやって来たんだけれど、そういうふうに言ったら何か神様に申しわけない」とか「あからさまに利益(りえき)を求めるというのはおかしい」という気持ちがきっとどこかにあると思うのです。そこを考えてうまい表現を探した結果、こういう言い回しができたんじゃないかと思います。

中国では、一つの単語には一つの発音しかありません。利益は「りえき」としか読めないので、気遣いしたくてもできません。そもそも「そういう気遣い自体、要らないんじゃないの? 面倒くさい。利益だったら“りえき”でいいじゃん」と考えてしまうと思うんですね。だから「一 一(にのまえはじめ)」さんというのは、ちょっとふざけていると、中国人的には考えてしまうわけです。

言葉っていうのは普段よく使っているから、「まあ、こんなものでしょう」と思うかもしれないけれど、非常に大切だと思います。

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楊逸
文藝春秋


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