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芥川賞作家、楊逸氏が語る

眉間にシワのよらない「異文化の中の常識」という話

ライブラリートーク
更新日 : 2011年03月14日 (月)

第4章 「勉強する」は、中国語では「無理する」という意味

楊逸氏

楊逸: 工場では、社長の家で毎日、朝食を食べていました。毎日、味噌汁と焼き魚。今はすごくおいしく食べられるんですけれど、ハルビンには魚を食べる文化がなかったので、最初はおいしく食べられなかったんです。いつも魚を半分ぐらい残しつつも「おいしいですね」と言っていたら、そのうち本当においしくなりました。これは精神的なものが大きいと思います。嫌だと思っても「嫌だ」と言わないで、「良かった」と言い続ければ、いずれ「良かった」と本当に思うようになります。私自身の経験をもって、そう言えます。

言葉というのも同じで、嫌だ嫌だと思っていたら、いくら勉強しても拒否反応が出ちゃうんです。私は日本で中国語教師をやっていたことがあるのですが、中国に転勤することになった日本のビジネスマンが来るんです。そういう方はマンツーマンの講座でイスに座るなり、「はぁ。上海、3年ですよ……」とため息をつくんですよ。きっと上司に突然転勤だと言われたんでしょうね。本人、ショックでしょうがない。すると「ニイハオ」とか「シェーシェー」とか教えても、全然覚えられないんです。40分間教えても、ずっと「ニイハオ」ですよ(笑)。

日本語学校の1冊目の教科書に「日本語を勉強します」という例文があったのですが、「勉強」という二文字は、中国語では「無理する」という意味です。私は勉強嫌いだったのですが、どうして勉強が嫌いなのか、それでわかりました。「無理していたから勉強嫌いだったんだ」と。「勉強しない」と「無理しない」というのは通じるものがあるけれど、無理せず楽しんでいれば、どんどん体に入ってきます。

私は日本人がしゃべっていることをすごく知りたかったのです。どういうことを話しているのか、なんで穏やかな表情、明るい表情になれるのか。そういうことに非常に興味があったので、言葉が体の中にどんどん入ってきました。

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楊逸
文藝春秋


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