記事・レポート

完全デジタル化がもたらすメディア変革

~これからのテレビメディアはこう変わる:日本テレビの取り組み~

更新日 : 2009年02月25日 (水)

第1章 テレビ創世記から「完全デジタル化」までの50数年

西川英彦氏

神原弥奈子: 今夜のゲスト、田村さんは、日本テレビのウェブサイトの立ち上げ(1995年開設)から関わられ、以降、日本テレビのインターネット・デジタル関連の取り組みの最前線にいらっしゃる方です。今日、テレビを取り巻く環境は大きく変化しました。田村さんは「テレビがテレビじゃなくなる」などの大胆な発言で有名な方ですので、今日はぜひ本音でお話いただきたいと思います。

株式会社エニグモ代表取締役 須田将啓氏
田村和人: 私がインターネットに携わってから、もう十数年経ちました。最初の頃は、「5年10年経ったらすごいことになるぞ」と思っていたのですが、「今どうなの?」と聞かれると、進んでいる面もありますが、意外と地殻変動はゆっくりだという印象もあります。

一方、テレビの世界は変わっていないかというと、そうではありません。ATP(社団法人全日本テレビ番組製作社連盟)という番組制作会社の組織があります。この前、そこで開かれた授賞式で、ある制作会社の方から「我々の業界も後継者不足でございまして」という言葉が出たのです。テレビ業界で「後継者不足」という言葉を耳にしたのは初めてで、「ああ、来たな」とすごく思いました。そういう意味では、これまで順調にきたテレビですが、特にこの1年、突然厳しい状態になっている感じがします。

「完全デジタル化」は、2011年7月24日のアナログテレビ停波を意味しています。先日大阪の千日前広場で「1,000日前イベント」がありました。アナログのあった時代からアナログが消えた時代へは、相当大きな変化があると予感しています。

さて、日本でテレビ放送が始まって50数年経っています。最初に、この半世紀を振り返ってみることにします。

1950年代はテレビ草創期で、日本テレビやNHKの開局が53年です。街頭テレビから始まって、10年経たずにカラー放送開始、宇宙中継までいったのです。日本で最初に宇宙中継を放送したのは、ケネディ大統領暗殺事件の時です。このようにテレビの裏側の技術は割と早くから進んだと思います。

70年前後にはUHF局が大量開局するわけです。このとき、日本全国で3波化、4波化(民放が3局、4局と増える)という状況になったわけです。僕はまだこの業界にいませんでしたが、多分70年代はテレビ放送が一番華やかで、未来を持っていた時代ではないかと思います。

80年代に「ニューメディア」が来ますが、中身は何なのかというと、ケーブルテレビの登場や、衛星放送が始まったことによる多チャンネル化という現象でした。多分ここにいらっしゃる方の半分ぐらいは、ケーブルテレビでテレビを見ていると想像しますが、ケーブルテレビも着実に浸透してきました。

マルチメディア化・双方向化という観点でもここから始まっていると思います。放送局でいうと文字多重放送や字幕放送がこの辺で始まっているのです。

一方、世の中の動きとしては、家庭用ビデオカメラが普及し始めたのが80年代前半。これは着実に普及しました。

インターネットが一般に普及したのは90年代半ばです。それと軌を一にして、96年にスカパーで衛星デジタル放送が開始。BSデジタル放送は2000年です。iモードが開始されたのは99年ですが、もともとウェブをやっている身からすると、当時「携帯電話がIP端末になるの? ずいぶん思い切ったな」と思ったものですが、その後の発展はご存じの通りです。


該当講座

完全デジタル化がもたらすメディア変革
〜これからのテレビメディアはこう変わる:日本テレビの取り組み 〜
田村和人 (日本テレビ放送網株式会社 編成局デジタルコンテンツセンター長)
神原弥奈子 (株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役)

2011年7月の地上波デジタル完全移行まで3年を切り、地上波テレビ放送業界は歴史的な大転換期に向けて、テレビメディアの新しい可能性を具現化させるべく、さまざまな取り組みを加速させています。一方では、インターネット広告の隆盛と対照的に日本におけるマスコミ四媒体の広告費は3年連続で前年を下回り、テレビ広....


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