記事・レポート

六本木アートカレッジ・オープニングセッション
アートとスポーツの不思議な関係

競争の向こう側にあるもの:為末大×竹中平蔵

更新日 : 2015年08月05日 (水)

第7章 足していくよりも、引くほうが難しい


 
メモをとらない総理大臣

竹中平蔵: 先ほど、為末さんのスピーチの中で出てきた、スポーツ選手のタイプには加算式と減算式があるというお話について、もう少し詳しく教えてください。頂点を目指すためには、不足する要素を足していくアプローチと、自然に回帰するというか、余計な要素を取り除いていくアプローチがあるそうですね?

為末大: 僕としては、足していくことよりも、引き算する、削ぎ落とすほうが難しいと感じます。現役時代は、努力して身につけたすべてのものが大切に思えるため、何かを削ぎ落としてしまうと、自分を支える骨組みが崩れてしまうような怖さが常にありました。

躊躇なく引き算ができるようになるには、自分の強さを支えている本質的な「軸」を理解しなければなりません。それが分かれば、余計なもの、削ぎ落とすべきものが見えてきます。別の方向から表現すれば、「引く」という発想を持つことが、自分の本質的な強み、本当に残すべきものを知るためのきっかけになります。

また、軸について考える上では、「狭める」ことも大切になります。例えば、若い頃は「自分の将来には無限の時間が残されている」と考えやすいため、人生について楽観的にとらえていると思います。しかし、高齢になり、残された時間が限られてくると、自分の人生に対してきわめて切実な問いが生まれてくる。往々にして、人間はこうしたことが起こると思います。

無限の中で考えるのではなく、範囲が狭まった状態、何かしらの制限がかかった状態で物事を考えると、思考が研ぎ澄まされていきます。その状況で自分の中に生まれてくる問いこそ、本質に迫るような意味のある問いになると思います。

竹中平蔵: ありがとうございました。会場の皆さんにとっても、非常に良いヒントになったと思います。以前、小泉純一郎さんに初めてお会いした時、驚いたことがあります。その際、私は経済について色々とご説明したのですが、小泉さんは一切メモをとらず、黙って腕組みをして聞いているだけ。その日以降も、メモをとる姿を見たことはありませんでした。「変わった人だな」と思っていたのですが、後日、その理由が分かりました。

小泉さんは、こちらの話の枝葉を削ぎ落とし、本当に大切なことだけを抜き出し、腹に落としていたのです。だからこそ、小泉さんの発する短い言葉には、あれほどのインパクトがあったのでしょう。

総理大臣たる者、周囲の状況をすべて把握していなければなりませんが、それが膨大な量ともなれば、メモの1つもとりたくなるもの。本質と枝葉を瞬時に見分けることは、とても難しいからです。しかし、一切メモをとらない。元々、小泉さんは本質を見抜く能力に長けていたのかもしれませんが、我々からすれば、本当に勇気がいることです。為末さんのお話には、それに通じるものを感じました。



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六本木アートカレッジ 【オープニングトーク】 スポーツはアートか? ~“美しく走る”ということ~
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スポーツには、勝敗が付きものですが、芸術性も重要な要素です。
「競争」と「美しさ」は共存するのか?今までとは違う視点でスポーツと
アートを読み解きます。


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