記事・レポート

Hack the Body~障がいを「可能性」に変える

遠藤謙がつくる、人間を進化させる義足

更新日 : 2015年04月15日 (水)

第5章 自分の技術が誰かの役に立つという喜び


 
対話の果てに生まれた新たな義足

遠藤謙: 初めてインドを訪れた際、僕はNGOの方々に1つの提案をしました。お金を持っている人には高機能の義足を売り、その利益でジャイプールフットの品質や機能を向上させる。そのようなモデルに変えてみないかと。

「絶対にやらない」。NGOの方々はそう答えました。彼らは40年以上にわたり、義足を“無償”で提供してきたことに、並々ならぬプライドを持っていました。また、自分達のモノづくりに対しても強いこだわりを持っていました。当然といえば当然ですが、外国からやって来た僕達の意見を、簡単には受け入れてくれなかったのです。

とはいえ、従来のジャイプールフットは、特に膝関節のつくりが不十分で、そのために歩きにくくなっていました。また、インドではあぐらをかく習慣があり、一方で足のないことが差別の対象にもなっており、「義足だと悟られたくない」というニーズが非常に高かったのですが、そのニーズにも応えられていませんでした。僕はまず、現地の人々と対話を重ねながら、少しずつ信頼関係を深めていきました。その後、現地で手に入る材料を調べ、義足ユーザーや技術者の声に耳を傾けつつ、義足の改良を進めていきました。

数年間にわたり、米国とインドを何度も往復し、米国にいても毎日のように連絡を取り合いました。その結果、プロトタイプの義足ができあがりました。外観はプラスチック樹脂で人間の足の形に近づけつつ、内部は空洞にして軽量化を図り、体重を支えられる構造としました。また、膝関節は足が接地している時は固定され、歩き出す時は曲がる構造とし、よりスムーズな歩行を可能としました。もちろん、コストは以前と変わりません。

プロトタイプが完成した時、片足を失った10歳の少女がクリニックを訪れていました。この義足をつけてもらったところ、最初は不安そうに、やがて満面に笑みを浮かべながら、辺りを歩き回ってくれました。けれども、僕が最も心を揺さぶられたのは、彼女のお父さんが何とも言えないほど幸せそうな表情で、喜ぶ娘の姿を見つめていたこと。

モノづくりにおけるモチベーション

遠藤謙: 大企業の中でモノづくりをしていると、大量生産・大量消費の上流にいるため、ユーザーの直接的な反応を目にする機会は非常に少ないと思います。僕はインドで、自分の技術が目の前で誰かの役に立ち、相手が喜ぶ瞬間を目の当たりにしました。ユーザーの直接的な反応が得られることは、モノづくりを担う人間にとって最高のモチベーションになる。それを実感したのです。

もちろん、喜ばれないモノをつくってしまい、ポイッと放り投げられたこともたくさんありました。その瞬間はとても悲しいですが、何かにチャレンジする上では、失敗の悲しみすら大きな学びにつながると考えています。

それは途上国の人々も同じです。彼ら自身が試行錯誤し、成功や失敗を経験することで、その一つひとつが学びとなり、次のイノベーションが生まれていく。ジャイプールフットの工房では、その後、プロトタイプの義足に様々な改良を加え始めているそうです。モノづくりへの自信と誇り、そして誰かの役に立つという喜びが、イノベーションの連鎖を生み出しているのでしょう。

僕は政治家ではないため、国のような大きなコミュニティの問題は解決できません。しかし、エンジニアとしてのスキルを通じて、小さなコミュニティにソリューションを提供し、コミュニティをより良い方向に変えていくことはできます。

日本にもエンジニアは数多くいます。皆さんの持つ高度なスキルは、必ず途上国の課題解決に役立ちます。途上国におけるモノづくりには、様々な困難がありますが、僕がそうであったように、自分の技術を活かして誰かの役に立つという喜びが、困難を乗り越えるための力になってくれるはずです。


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