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「池上彰が紐解く、アラブの今と未来」in 六本木アートカレッジ

~アラブ美術のツボがわかるニュース解説~

政治・経済・国際文化教養
更新日 : 2012年09月24日 (月)

第6章 イギリスの三枚舌外交がアラブ世界をごちゃごちゃにした

池上彰(ジャーナリスト/中東調査会会員/東京工業大学教授)

池上彰: 第一次世界大戦中にイギリスは、中東地域を支配していたオスマン帝国を切り崩すために、三枚舌を使います。アラブ人には「オスマン帝国が崩壊したら、ここをアラブ人の土地にしてあげる」と約束します。約束をエサに、オスマン帝国の中でアラブ人の反乱を引き起こそうと考えたのです。

一方、ユダヤ人には「戦争が終わったら、ここにユダヤ人のNational Home(ナショナルホーム)をつくることを認める」と約束します。ユダヤ人の資金が欲しかったのです。ユダヤ人は「ここにユダヤ人の国家をつくっていいんだ」と解釈しますが、ナショナルホームって何でしょう? イギリスにしてみれば、「ステートやカントリーとは言っていない」と、後で何とでも言い逃れができる言い方ですね。

さらに、フランスとの間でも秘密を結びます。オスマン帝国崩壊後、領土を山分けしようという約束、サイクス・ピコ協定です。これによって現在のシリアやレバノンのあたりはフランスの支配下におかれました。しかし、その地域で独立運動の気運が高まると、フランスは人工的に国境線を引いてレバノンという国をつくります。いろいろな宗派が入ったモザイク状の国にすることで、住民が一致団結して独立運動を起こせないようにしたのです。勝手に線引きをしたことで、フランスはその後のレバノン紛争の種をまいたことになります。

そしてイギリスは、支配下においたオスマン帝国の一部をクウェートとして独立させます。イラクにしてみれば「同じオスマン帝国だった州の1つを、勝手にイギリスがクウェートという国にしやがって、けしからん!」というわけで、クウェートに攻め込みます。これが湾岸戦争になっていくのです。

こうしたイギリスとフランスの支配をめぐる勝手な振る舞いが、今のアラブ世界の紛争につながっているというわけです。

もともとアラブ人には、いわゆる国家意識というものはありませんでした。部族が国家より優先する部族社会だったのです。しかしイギリスやフランスに勝手に国境線を引かれ、「あなたはヨルダン人だ」「あなたはレバノン人だ」「シリア人だ、イラク人だ、クェート人だ……」と押しつけられるようになると、だんだんとそれぞれに国民意識が芽生えるようになりました。本来は部族社会だったアラブ世界が、今、非常に複雑な意識のもとに存在しているのはそのためです。

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池上彰が紐解く、アラブの今と未来
池上彰 (ジャーナリスト/中東調査会会員/東京工業大学教授)

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