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美術館館長と経済学者が熱く語る「アートの新たな可能性」

南條史生×竹中平蔵 in 六本木アートカレッジ

更新日 : 2012年04月20日 (金)

第3章 小さなパトロンが、アートを楽しくする

南條史生(左)竹中平蔵氏(右)

竹中平蔵: 我々がコンサートに行くときは「このコンサート、おもしろそうだな」と思って行くわけですが、おもしろいかどうかは行ってみないとわかりませんよね。この不確実性が、経済学的に見たアート・マーケットの特徴です。だから主催者はチケットを売るためにスターを入れます。スターが出ていれば、みんな安心して来てくれるからです。するとどうなるかというと、一部のスターと、売れないアーティストが共存する労働市場になります。少数の高額所得スターがいる一方で、食うや食わずのアーティストがいっぱいいるわけです。

だから国は無難な人に予算をつけるのです。事業仕分けで「この人にお金を使うので本当にいいのですか?」なんて聞かれたら面倒くさいので、「このスターだったら誰も文句言わないだろう」という人を選ぶわけです。こうなると、ますますスターにお金が集まり、ますます不平等な世界になっていきます。

南條史生: 今のお話で、シンガポールで見た演劇を思い出しました。2人の役者による話劇で、1人はタイ人のダンサー、もう1人はフランス人のダンサーです。タイ人はタイの伝統的な踊りを「この動きにはこういう意味がある」とフランス人に教えます。でもフランス人は前衛的なダンサーで「俺は毎回違うことをやる。動きは決まっていない」と言うんです。

するとタイ人は「じゃあ、なぜお客はあなたのダンスを観に来るんですか? 毎回違ったら、良いか悪いかわからないじゃないですか。私の踊りはみんなが知っている、だからお金を払って観に来るんです」と言う。それに対してフランス人は「フランスでは、わかっているものには誰もお金を払わない。これからどういうものが出てくるかに興味があるから、新しいものを観に来てくれるんだ」と言うのです。この演劇は、この2つの対比になっているし、伝統的な文化を大切にするアジアと、新しいものを生み出すことのプレッシャーの中にいるヨーロッパの対比にもなっていると思います。同じようなことですが、私が現代美術の世界にいる一方で、みんながよく知っていて、たくさんお客さんが入る印象派の展覧会などの世界があります。この2つは、やはり対極にあります。

どっちが正しいということはありません。文化というのは古いものを継承することも大事ですが、一方で新しいものを生み出すことも大事で、そのカオス状態こそがおもしろいと思うんです。それがあるからこそバイタリティが保たれているんじゃないかという気がします。

竹中平蔵: すごく重要なことをおっしゃってくれました。アートの世界に限りませんが、発展のパターンや評価のパターンは一様・一律であってはいけないと思います。多様性や一種の不均衡の中のダイナミズムみたいなものが、世界を発展させていくわけですから。

スターは情報の外部経済効果として重要な役割を果たしますが、そうではないところに対しても何らかの支えが必要です。そうでなければ、裾野の広いアーティストが育ちません。だから一人ひとりが「まだ売れていないけれど、私はこのアーティストが好きだ。このアーティストの作品は必ず買う」とか「この若手のコンサートには必ず行く」とか、小さなパトロンになることが大事なのです。これがアートを豊かにできる社会だと思います。

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  六本木アートカレッジ「アートの新たな可能性」

今求められているのは、経済的な豊かさ以上に心の豊かさ。それは個人レベルだけではなく国家レベルでも同じではないでしょうか。だからこそ、ソフトパワー(文化や政治的価値観、政策の魅力など)が注目されています。
その中心的役割を担うのがアート。社会、政治、経済と密接な関係にあるアートが、未来の社会でどのような可能性を持つのでしょうか。森美術館の南條館長とアカデミーヒルズの竹中理事長に対談していただき、アートがいかに社会と深く関わっているか、そして、ソフト・パワーがいかに国策として
重要になっていくかの議論を通じて、アートと社会の関係性について考えてみたいと思います。

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