記事・レポート
小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~
読みたい本が見つかる「ブックトーク」
カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2011年11月07日
(月)
第3章 資源獲得競争や原発がテーマの小説


資源獲得競争
澁川雅俊: 前に挙げた『大番』は、戦後復興期の<裸一貫ド根性>男のサクセスストーリーですが、文六と同じ頃に小豆相場で左右された男の話を書いた梶山季之の『赤いダイヤ』などは、そのタイトルが今でいう流行語大賞のような時の言葉となったほど、世間一般によく知れわたった小説です。もっとも相場にかける男の浮沈の物語は、経済小説のかつての特徴であった男のロマンを彷彿とさせるのか、『いのちの米 堂島物語』(富樫倫太郎)のようにいまでもしばしば書かれています。その本は江戸時代の米相場にまつわる男の浮沈の物語ですが、いまではそれが『サキモノ!?』(斎樹真琴)のように、先物業界が舞台になっています。
品薄商品、あるいは限りある資源の争奪戦が最もよく小説の素材として書かれます。例えば『虚構の城』(高杉良)は石油関係の作品で、初版は35年も前に出された本ですが、その後文庫化されたり、たびたび再刷されたりしています。石油やガスをめぐる国際資源競争はいまでもホットな関心事なのでしょう。その証が最近出された『エネルギー<上・下>』(黒木亮)でしょう。
ほかの資源については水を扱う作品があり、例えば、世界的な水不足にかかわる近未来サスペンスの『渇水都市』(江上剛)や、企業の激しい獲得競争を描いた『ブルー・ゴールド』(真保裕一)が挙げられます。
石油はともかくも、水が商品として売られるなどということは80年代以前の日本ではあまりなかったと考えると、今後どんなもの、あるいはどんなことが商品となり、それをめぐるビジネス戦争が起こっても不思議ではありません。さしずめいまの発電エネルギーの問題で、その資源の1つと考えられている地熱などもそうで、すでにそれについは『マグマ』(真山仁)があります。また温暖化防止のための温室効果ガスの排出権にかかわる国際ビジネスの物語、『排出権商人』(黒木亮)などは、いま現実の経済活動の中で「知る人ぞ知る」激しさでうごめいているのではないでしょうか。
原発がテーマの経済小説
海水をいまよりももっとずっと効率・効果的に真水に変える技術や、いま話題の脱原子力発電に関連して、太陽光発電が現行のそれより何千、何万倍の電力を生み出すことができる技術が開発される芽がでてきたら、おそらくそれをネタに小説を書く作家たちが出てくるに違いありません。
原子力発電やその代替電力については、いま多くのストーリーテラーたちが良い、売れる作品の構想を練っているのではないかと推察されます。今度の東電福島原子力発電所のことはともかく、原発を素材とした作品は現にあります。前の『マグマ』もそうですが、『ベイジン<上・下>』(真山仁)は切実です。中国政府が威信をかけて世界最大規模の原子力発電所の運転開始を北京オリンピックの開幕に合せようと、その完成を急ぐあまり安全性を軽視してしまい、結果的には世界を震撼させる大事故を起こしてしまうという内容なのです。著者はファンドをテーマにして一世を風靡した『ハゲタカ』の作家が08年に出した本で、そのモチーフは、福島原発で起きたことをしっかりと見据えていたかのようです。小説家というのはすごいものですね、私は福島でのことが報じられたときデジャビュを感じました。
ところで原発小説で、どうしても引きあいに出さなければならないのは高嶋哲夫です。この作家は福島原発事故以前に高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる小説『冥府の虜』、 そして最近では『原発クライシス』を出しています。彼はさらに、大地震が東京で発生したと想定した『M8(エムエイト)』、海溝型巨大地震の連鎖によって記録的な大津波が太平洋沿岸を襲う『TSUNAMI(津波)』などの危機管理シミュレーション小説を書いています。
アポカリプス的危機管理のシミュレーション小説
以前、このブックトークで 「SFアポカリプス」と題して危機管理シミュレーション小説を取り上げました。SFアポカリプスとは、端的にいえば、人類の終末、滅亡か再生かを描いた物語を指します。わが国のこの手のSFは久しく小松左京の『日本沈没』でしたが、最近石黒耀という作家が名乗りを上げています。この作家は『死都日本』でSFやミステリーなどエンタメ作家としての登竜門であるメフィスト賞を受賞しました。その後『震災列島』や『昼は雲の柱』を立て続けに出しています。日本地質学会は彼の書いたクライシス小説が科学的データを駆使して虚構である物語を論理的に組み立てていることに注目し表彰していますが、そのことは大変興味深いものがあります。
「事実は小説より奇なり」という慣用句がありますが、いまここで取り上げた何点かの小説はいずれも東日本大震災以前に出版されていたわけで、その奇異な事実を基盤に虚構の世界を創り出してきた作家の想像力と創造力には驚嘆せざるを得ません。
ところでこのブックトークを準備していたときにこんなことがありました。日常の選書で「ウィークリー出版情報」をスクリーンしていたら、「財務省に届いた235と名乗る犯人からの脅迫メールがスタートの怪事件。原子力発電所にまつわるエネルギー問題とテロに対する政府の危機管理体制の脆弱さを描いたミステリータッチの経済小説」との解説で、幸田真音の『235』の近刊情報を見つけました。それは<3.11>以前でしたが、現在までに出版された形跡がありません(※セミナー開催時の2011年6月9日現在)。いったいどういう理由なのでしょうか。週刊誌に連載された小説を読んでいないので内容的な面では類推できませんが、少なくとも今回の福島原発事故の影響でしょう。単行本の出版に当たってよくあることですが、若干の加筆あるいは内容を部分的に改訂する程度では、この作家の良心が許さなかったのではないでしょうか。
小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~ インデックス
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第1章 小説は真実を語る
2011年11月01日 (火)
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第2章 初期の経済小説と実名小説
2011年11月04日 (金)
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第3章 資源獲得競争や原発がテーマの小説
2011年11月07日 (月)
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第4章 銀行・金融関連を素材にした作品の数々(1)
2011年11月08日 (火)
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第5章 銀行・金融関連を素材にした作品の数々(2)
2011年11月10日 (木)
-
第6章 経済小説、その他のレパートリー
2011年11月11日 (金)
注目の記事
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