記事・レポート

小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~

読みたい本が見つかる「ブックトーク」

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2011年11月04日 (金)

第2章 初期の経済小説と実名小説

六本木ライブラリー ブックトーク 紹介書籍

戦後の復興と経済成長をテーマとする初期の経済小説

澁川雅俊: 太平洋戦争前に小説家が商売や企業、業界、会社組織(経営者、中間管理職、サラリーマンなど)、金融、投資、経済政策・事情、経済犯罪などをテーマに創作することはありませんでした。経済小説は初め、太平洋戦争後の復興、経済成長をテーマに創作されました。もっと挑発的な言い方をするならば、作品には人々の「金・金・金」の欲求が鮮明に描かれていた、といっていいでしょう。私は1958年に大学に進学したのですが、そのときの遊び仲間の一人に、当時から株の相場を張っていた若者がいました。その男が書いた『兜町の狩人』(安田二郎)は、まさにお金に戦後復興の望みをかけた男たちを描いています。

経済小説は近現代文学史では後発のジャンルですが、その成り立ちからもう半世紀も経ちました。その間のビッグネームを探すと、例えば直木賞作家の源氏鶏太や、文化勲章受章者の獅子文六がいます。鶏太は、サラリーマン重役や雇われ社長の悲喜こもごもを明るくコミカルに描いた『三等重役』や、倒産した商社の生き残りが新会社を興して奮闘する物語である『一騎当千』など、当時「サラリーマン小説」と呼ばれた読み物をたくさん世に送り出しました。文六は、本来は経済小説作家ではなかったのですが、「戦前戦後をたくましく生き抜いた人情味あふれる人たちをほろ苦いユーモアで鋭く描き、また高度経済成長期初期の風俗をみごとにとらえており、その作品群はいまでも読み応えがある」と評されています。その作家が初期の経済小説を代表する『大番』を世に遺しています。

企業立ち上げの実名小説

『大番』は、別の言い方をするならば、<裸一貫>で事業を起こした人物をモデルにして書かれました。江上剛が書いた『成り上がり』も同じ系列の最近の作品です。本書には安田財閥(現芙蓉グループ)の祖、安田善次郎の前半生が実名で描かれています。このような小説は「実名小説」と呼ばれることがありますが、伝記や自伝とはまた違った味わいが楽しめます。江上は、別の経済人、池田成彬の実名小説『我、弁明せず』や大阪の「くいだおれ食堂」の発展を描いた『ごっつい奴 浪花の夢の繁盛記』なども出しています。

また売れ筋のビジネスマンをライブに描いたものもあります。『新・青年社長<上・下>』(高杉良)がそれで、居酒屋業界で成功をおさめ、前の東京都知事選挙に出馬した渡邉美樹(※邉のしんにょうは、公式には点1つ)をモデルに書かれた小説です。標題に「新」とあるのは、この作家が以前にもこの人物の実名小説を出しており、その最新編であることを強調しているからです。

この系列の作品の中には、事業の立ち上げや栄枯盛衰の物語もあります。例えば『お家さん<上・下>』(玉岡かおる)は、大正から昭和の初めに日本一の年商を上げ、ヨーロッパで一番名の知れた巨大商社だった鈴木商店の栄枯盛衰の物語です。また山崎豊子の『花のれん』は、いま最も盛んなお笑い業界の創業者をモデルにして書かれました。なおこの作家は、必ずしも実名ではありませんが、大学医学部の医局の内状を書いた『白い巨塔』、銀行をモデルにして書いた『華麗なる一族』などの作品でしばしば世間に話題を提供してきました。

もはや経済小説の主人公は男性だけではない

前に挙げた『経済小説の読み方』で佐高は『「経済小説の世界」は、女が主人公とはなりにくい』と書いています。しかし最近その所見とは違った傾向が顕著になってきています。

城山は『本当に生きた日』で、ビジネスの世界に転進し、実業家として成功した普通の家庭の主婦のその後の生き方についての苦悩を描いています。前に挙げた『花のれん』や『お家さん』はいずれも、予期せずビジネスの現場に身を置かざるを得なかった女性が中心の物語ですが、幸田真音は『日銀券<上・下>』で美貌の女性日銀副総裁を主役に配し、最近の『cc:カーボンコピー』では、アラフォーの広告代理店の女性をヒロインとして物語を作っています。真音はこれまでに非常に多くの経済小説を書きましたが、やはり彼女が銀行や証券業界で実際にビジネスをしてきたからでしょうか、『バイアウト』ほか多くの作品でもヒロインを立てています。 

前歴を経済前線のまっただ中に置いた真音は別としても、こうした傾向の背景には会社勤めの経験がある女性作家たちが創作活動に進出してきているからでしょう。例えば、ODAと世界経済動向を巡る女性記者の活躍を題材にした経済サスペンスで城山三郎経済小説大賞を受賞した『ロロ・ジョングランの歌声』(松村美香)、商品先物の物語『サキモノ!?』(斎樹真琴)、そして女性税務官の奮戦記ということでこのジャンルにぎりぎりで含まれる『トッカン 特別国税徴収官』(高殿円)などなどがそうです。佐高のコメントは、相当に古い時代のビジネス実態を映した作品にとらわれているようです。

Clip to Evernote

小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~ インデックス


アカデミーヒルズのFacebook
アカデミーヒルズのTwitter

おすすめ講座

おすすめ記事