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小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~

読みたい本が見つかる「ブックトーク」

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2011年11月01日 (火)

第1章 小説は真実を語る

小説はフィクションであって、真実ではありません。しかし、よく書かれている小説は、読んでおもしろいし、優れたノンフィクションよりもためになります。
今回のブックトークでは、読んで楽しいと同時に、普段それほど深くうがってみない経済の実態と実体を感じとらせるような作品を探してみました。

講師:澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)

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はじめに

澁川雅俊: 中国でビジネスをしている、少し型破りの銀行マンの、清々しくも痛快な行動に引き込まれてしまい、ほぼ4百頁の本を1日で完読。ターニングが「おもしろい」と感じさせられただけでなく、普段まったく気に掛けていない事柄をいろいろと教えられました。その本は『連戦連敗』(深井律夫)。とりわけ日本企業の中国におけるビジネス展開の背景について、明解に、しかもスリリングに物語を展開させています。よく書かれている小説は、読んで実におもしろいし、優れたノンフィクションよりもためにもなります。

「虚実皮膜」(キョジツヒマク)は、「芸術は、虚構と事実との微妙な間にある」とする、近松門左衛門の芸術論を表していると言われています。現代の文学研究者もまた小説と事実の関係についてこのように語っています。「小説のことをfictionと呼んでいる。手元の小辞典でその項の説明を見ると《つくりごと、つくり話、虚構、うそ、偽り》。私たち小説読者は、読んで楽しいことが第一だけれど、そこから一種の真実(そして美)を感じとっている。」(生島遼一『鴨涯日日』)。優れた小説作品が生まれるには作家の日常的な森羅万象に対する鋭い観察力、そして事実認識に基づいた虚構世界の文字言語表現力が重要だということはもちろんですが、いまひとつ、日常生活についての読者の鋭い洞察力を基盤とした読解力で、書かれた創作の世界を受容することも大事です。

経済小説ジャンル~経済小説の始まり~

エンターテインメント小説にはさまざまなジャンルがあります。思いつくままに挙げてみると、ミステリー小説、時代小説、歴史小説、ハードボイルド・バイオレンス小説、冒険小説、ホラー小説、ファンタジー小説、恋愛・青春小説、伝奇小説、経済小説、政治小説、社会小説……です。いずれのジャンルの作品であっても優れたものは、楽しみながら読み、そして事実や真実に気づかされますが、今回のブックトークでは、読んで楽しいと同時に、普段それほど深くうがってみない経済の実態と実体を感じとらせるような作品を探してみました。

経済小説について佐高信は『経済小説の読み方』で、城山三郎の短編小説『総会屋錦城』(1959年)がこのジャンルの嚆矢をなしたとしています。また経済小説研究家を標榜している大学教授、堺憲一も最近出した『この経済小説がおもしろい!』でそれを追認しています。

『総会屋錦城』以降の経済小説をちょっと調べてみると、実にたくさん書かれています。佐高は200点を、境はそれらを含み500点にも及ぶ作品を取り上げています。それらの数字については、こういう計算をしてみるとその多さが実感できるでしょう。毎週1点ずつゆっくり味わいながら読むとして、それらすべてを読み終えるのに9年も掛かる。それに新しい経済小説は毎週のように出版されるわけですから、決して少ない数ではありません。

城山三郎は、戦前・戦中・戦後そして高度成長からバブル期を生き、『総会屋錦城』で直木賞を受賞したのち吉川英治文学賞、毎日出版文化賞、菊池寛賞、朝日賞などの各種の文学賞を総なめにしています。07年に亡くなるまでに、多くの経済小説を世に送り出しましたが、常に人間、人間が作る組織、そして社会の深部に迫ろうとした気骨の作家と評されています。その功績を記念して経済・産業・ビジネス関連本の出版社であるダイヤモンド社は、03年に同社が創設した文学賞の名称を07年に城山三郎経済小説大賞と名称変更し、いまもこのジャンルの新人小説家を発掘しています。これまでに11名(※2011年6月現在。なお旧賞受賞者も含む。複数名授賞年度あり)が受賞していますが、経済小説家にはビジネスパーソンとしてそれぞれの仕事をしながら小説を書き始め、やがては職業作家として独立した人たちや、ビジネスと物書きを兼業する作家たちが少なくありません。

そうした作家たちがかかわった職業、あるいは職場はいろいろで、作品の素材になっている業種は実にさまざまです。『この経済小説がおもしろい!』の巻末に業種別の作品リストが掲げられていますが、それは新聞の株式市況欄を見ているようです。

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