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カフェブレイク・ブックトーク「辞書、辞典の季節」

更新日 : 2008年05月23日 (金)

第5章 座右の辞典 ~改訂・増補前の古い辞典は用無しか~

澁川雅俊

澁川雅俊: 特大総合国語辞典はともかくとして、机上辞典については国語辞典も漢字辞典も一家にそれぞれ備え付けるべきだと、私は思っています。

立花隆は「文章を書く人は、せめて『字統』くらいは座右に置いて欲しい」と推薦しています。どれが良いというのではありません。ともかくどれか1点はということです。そういうのは、今流行の漢字検定のためではありません。それもあるかもしれませんが、つまるところ、漠としたいいかたですが、それは日本人としての素養(※5)のためです。

ところで国語辞典や漢字辞典を一家に1点備えるとして、改訂・増補された新版がだされたら、それらを買い換えるべきでしょうか?

私見ですが、私自身は、漢字辞典は改版ごとに購入する必要はあまりない、と思っています。一般人にとっては、まあ一生に1点でいいでしょう。なぜならば、ことばと違い、日本語として使われる漢字が年々新しく創られるということはないからです。それにたいして国語辞典は、生き物とさえ喩えられるように年々新しいことばが生まれるので、改訂ごと(これまでのところその頻度は10年に1度ぐらい)に差し替えてもいいでしょう。

さてそうした場合、所蔵している旧版は用無しで、捨ててしまってもいいでしょうか? 

こうした問題はこの後で触れる新語辞典などでは大事なポイント(※6)になります。一般に辞典は基本的には捨てるべきではないのですが、例えば「露西亜」が「ロシア」に変化するのに60年以上かかっているので、各家庭で各版を揃えておく必要はないでしょう。しかし図書館では各版を取っておかなければなりません。

(※5)永井荷風という作家は、アメリカとフランスに遊学し、『女優ナナ』や『パリの胃袋』を書いたエミール・ゾラに傾倒し、『あめりか物語』と『ふらんす物語』などを書いており、さぞかし西欧かぶれの文士と思われがちである。最近『永井荷風のニューヨーク・パリ・東京-造景の言葉』(南明日香著、07年翰林書房)に書かれている造景のことばはしばしば漢語で表現されている。

例えば『ふらんす物語』の一節でシャンゼリゼの風景をこう表している。「……此のあたりには、風雅な料理屋と、夏の夜を涼みがてらに聴く劇場があって、数知れぬ軒端の燈火は、絹よりも薄く軟らか青葉を、茂りの奥底から照出すので、満目、どこを見返っても透通る濃い緑の色の、層をなして輝き渡るさま、 造化の美を奪う人工の巧み……」の「風雅」、「満目」、「造化」などなどなどは漢字・漢語の素養がなければ出てこないことばではなかろうか。この「風雅」は「優雅」では意味が違うし、「満目」は「満人の目」でもだめ、「造化」を「造形」としても、荷風にとってはもとより、読み手にとっても適いません。またそうした漢字熟語が荷風の文章に独特のリズムを与えています。

(※6)新語辞典の代表格のものに『現代用語の基礎知識』がありますが、これは社会全般にわたって時代のキーワードを収録しています。昔から使われていることばであってもそれに新しいコンセプトが付加され、それがその時代の進展をリードするようなものも含まれます。この新語辞典の最初の版は1960年で、それ以来毎年改訂されて今日に至っています。従って過去50年にわたって毎年々々刊行されたものには、その時代その時代の社会のキーコンセプトなどキーワードが記録されていることになります。

例えば「情報」(本来は、「ことの知らせ」という意味)に「それがあらゆる局面で社会を動かしていく」というニュアンスをこの世の中で強めて使用されるようになったのはいつ頃かを知りたいなどと考えたとき、この辞典がどの年代から収録されたかを調べてみるとおおよそのことが分かります。またある種の流行がどの年代からどの年代にわたっていたかなどについても、そのことに関する適切なキーワードを選んで調べてみるとはっきりすることもあります。

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