記事・レポート

カフェブレイク・ブックトーク「辞書、辞典の季節」

更新日 : 2008年04月23日 (水)

第1章 辞書や辞典に季節があるの!?

「六本木ライブラリー」カフェブレイク・ブックトーク澁川雅俊さん

澁川雅俊: 私たちは今、真冬でもアイスクリームを食べています。旬の野菜などといいながら年中買うことができるものも少なくありません。しかし携帯カイロなどのように「季節品」もあります。辞書や辞典(以下すべて「辞典」)の出版に旬はありませんが、商品としては季節品の特性をもっています。2月に入ると新聞に出版・販売広告がしばしば掲載されますし、書店では特設コーナーを設けて辞典の品揃えを始めます。新しい年度が始まる4月を控えてのセールスプロモーションの一環です。商品としての辞典の多くは再版・重版・再刷もので、新刊のものはあまり多くありませんが、今年(2008年)は1月に『広辞苑』が10年ぶりに改訂、発売されています。

●辞典と他の本とはどう違うのか

世の中にはたくさんの本がありますが、そのテキストは(ここでは本に書かれていることの記述の仕方のことですが)みな同じではありません。似たようなものもたくさんありますが、少し詳しくみてみると、書き方が際立って異なっているものがあることが分かります。

『辞書の政治学-ことばの規範とはなにか』
例えば『辞書の政治学-ことばの規範とはなにか』(安田敏朗著、06年平凡社刊)という本がありますが、同じ辞書関係の本であってもそれと『イミダス』では随分と違います。また『辞書の図書館-所蔵9,811冊』(清久尚美編 02年駿河台出版社刊)というものがありますが、これも前の2つの本とは内容の記述法が違っています(※1)。

(※1)アンダーラインは六本木ライブラリー所蔵の図書(2008年4月現在)

その違いは、それぞれの本の使い方に由来しています。大まかに言えば『辞書の政治学』は私たちにとって辞典とは何かという問題を考察し、その結果についてこの本の著者の認識を詳しく述べている、あるいは論じています。従ってそういう問題について知りたい、あるいは考えたい人たちが読むことを想定して書かれています。それに対して『イミダス』は、主に現代用語や新語の意味を確認したい人たちが手にとって確認したい用語だけを調べる、という使い方をします。従って同じ辞典をテーマとした本でも『イミダス』では辞典とは何かという問題について考える手掛かりは得られません。

そして『辞書の図書館』はどんな辞典がこれまでに刊行されていて、今、入手可能かというデータをリストしています。ですからこの本では、例えばラテン語を勉強し始めるに際して、どの辞典を求めたらいいかとか、自分が持っているラテン語の辞典に収録されていないことばが調べられる大きな辞典には何があるかなどが分かります。

私は便宜上それらの3種類のテキストについて、

『辞書の政治学』をモノグラフ(monograph)
『イミダス』をレキシコグラフ(lexicograph. 造語[“lexicon”+“graph”])
『辞書の図書館』をビブリオグラフ(bibliograph. 造語[“bibliog.”+“graph”])

と呼んで区別しています。ここでいうモノグラフには、基本的には私たちの身の回りにあるモノ・コトに関する人間の認知・認識が全容・明晰に、かつ論理的に記述されている。従ってわたしたちにとってそれは知識獲得の基盤となるものである。レキシコグラフには、モノグラフの内容が要約されて記録されていて、それは知識の即時的で簡便な掌握に適している。そしてビブリオグラフは、それ自身を含め、この世に存在するあらゆる資料の存在(あるいは所在)が記録されていて、広大無辺な本の世界で特定のものを探・検索するのに適している。そのように理解しています。

関連書籍

辞書の政治学—ことばの規範とはなにか

安田敏朗
平凡社

辞書の図書館

清久尚美
駿河台出版社