記事・レポート

研究者たちの往復書簡 ~未来像の更新~ 
建築学 × 文化人類学

更新日 : 2020年09月15日 (火)

vol.1 すべてが情報化・消費される今、文化人類学の可能性って何ですか?


感染症の拡大や気候変動など、世界が同時に同じ脅威に直面する今、領域を横断してダイナミックに議論し、新しい知性を紡ぎ出す力が求められています。かつて、リーダーや研究者たちは頻繁に文を送り合い、情報交換を行い、交流を深めてきました。
本シリーズ「研究者たちの往復書簡」では、アカデミーヒルズ発刊書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』をきっかけに、その著者たちが、分野を越えて意見や質問を取り交わします。


今回書簡を送り合うのは、東京大学建築学専攻 准教授の小渕祐介さんと京都大学人文科学研究所准教授の石井美保さんです。建築の民主化?ランドスケープの果ての野生?気付けばすべてが消費社会に巻き込まれてしまう今、書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』のお互いの執筆原稿を読み、気鋭の建築家が文化人類学者に質問しました。
   


小渕祐介さんから
石井美保さんへの書簡
 
初めまして。小渕祐介と申します。先日コロナ感染の収束の目処がまだ経っていないこのともあり、ICF企画委員会の福岡さんから石井先生へ本の感想などを手紙を書いてみてはどうか?というお話をいただき、あまり深く考えずにブラインドデートに誘われた気分でお引き受けをしてしまい、少し緊張してこの手紙を書いております。

妻子のいる身分で「ブラインドデート」気分になるのはよろしくないのですが、簡単な自己紹介から始めます。16歳の時に、日本の高校を中退し半年間アメリカ・カナダを一日150円予算という全く計画性のないヒッチハイクの放浪の旅を始めました。お金がないので寝場所はほとんど野宿。目的の街にたどり着くと、まずはテクテクとダウンタウンという少し廃れた繁華街を歩き回り寝場所を探す。子供なりに「調査」をして、「ここなら雨が降っても大丈夫」とか、「ここなら朝起きたら通勤する人混みの真っ只中にいるということはない」などの条件を満たす場所を探す毎日を過ごしながら、西海岸のロスアサンゼルスから東海岸のニューヨークまで、また、カナダの北の外れのニューファンドランド からフロリダ州の端っこのキーウェストまで。そんな旅を特に目的もなくしているうちに、人間、建築・都市空間に興味が湧き、放浪の旅の延長でカナダの高校にそのまま編入して大学、大学院、大学教員を経て2010年に25年ぶりに帰国をして現在は東大で建築を教えております。

小渕研究室+デジタルファブリケーションラボ「サークルパックパビリオン」

なんだか、めちゃくな略歴ですが、そのお陰でちょっと違った視点を持てたのは確かです。今、僕が行っている研究もプロパーの研究から少しずれていまして、例えば、音痴な人からなる「音痴合唱団」や、「音で建築をつくる」、「音をたよりにした歩行者用ナビ」など、最適化、効率化優先の社会における、非効率化の可能性を研究しております。

さて、本題の石井先生が書かれた「ランドスケープの果ての野生」(※『人は明日どう生きるのか』の石井先生執筆の章)は興味深く読ませていただきました。いろんな情報がたくさん詰まっており、どこから手をつけたら良いのかしばらく考えていました。

路上での食糧販売

路上での食糧販売

実はインドにも1年間程の放浪の旅を20代のころに体験しているので、石井先生の「カルナ—タカ州の大規模開発と神霊祭祀」のお話は共感いたしました。日本で山伏のお告げで国家プロジェクトが中止になることは考えにくいですが、インドならではの出来事であると感心したと同時に、なぜかホッと安心した気持ちになりました。もしかしたら、科学的根拠による世界観のあり方と非科学的根拠による物事の考え方の両立ができる社会がそう遠くない将来に来るのかもしれないと期待してしまいました。余談ですが、インドの買い物ってすごく「ライブ・アクション」ですよね。路上のマーケットでリンゴ一つを買うにしても、価格交渉をして値段を決める。値段とは売り手と買い手が納得した価格を指すもの で、定価と言う概念がない。僕は常にぼったくられないようにと、リンゴ一個にしても周りの人がどれくらいの値段で買っているのかを観察しながら買い物をしていたので、ぼーっと無意識状態で買い物をする日本の生活は、日本における都市開発と同じような気がします。同じような街の風景が、市民がぼーっとしている間にどんどん開発されて出来てしまうような。インドの庶民の買い物のように、少し緊張感を持ったライフスタイルやまちづくりを想像したくなってしまいます。
 

インドの道路工事現場。ビーチサンダルで気が遠くなるようなプロセス!



毎回コンビニで値段交渉をして缶ビール一つを買うのは現実的ではありませんが、例えば、品物を手に取ると生産者の声が聞こえてくるとか、商品の流通経路が一目で分かるとか、グローバル消費社会の中で目の前あるもの本質的な価値を可視化してそれを情報として消費者に発信することができると、「買い物」という何気なく毎日行う活動に対して意思決定の機会を多く与えることができるのかも、など考えると少しワクワクしてしまいます。  それは神霊的な意味合いはありませんが、石井先生がおっしゃる、「野生」と似たような気がします。身の回りにいつも存在するがしかし見えにくくなってしまったロジックが、実は大きなスケールでまたは、長い時間軸の中で我々の生活を動かしているような。

少し話が変わりますが、コロナ関連の話で、僕の家族の間で血液による性格の診断の話が話題になっていました。特定の血液型はコロナに感染されやすいと言うニュースから話が始まって血液型診断に話が移っていきました。僕の妻はドイツ人なのですが、血液型による性格の診断に全く感心がないと言うか、中華料理の食後に出るフォーチュン・クッキーのおみくじと同じくらいにしか信じていません。O型の人って大らかな人柄とか、何か当たり前の情報と思っていただけに、妻の拒絶反応に少しショックを受けて、ネットで検索したところ、血液による性格の診断を真面目に扱っているのは日本人だけだそうです。台湾・韓国も戦前の日本の影響もあって少しは残っているそうですが。一昔前までは、科学的根拠で血液型と人種の優秀性の関係を立証しようと様々な研究が行われたそうですが、確実な結果は出せなかったそうです。

それではどんな方法でドイツの人は人の性格を予測するのかと妻に聞いたところ、占星術だと言われました。僕は一月生まれなのでやぎ座です。それではやぎ座の人はみんな同じ性格なの?と聞いたところ基本そうだと。この回答には少し驚きました。しかしよく考えてみると、夏の暑い時に生まれた子と冬の寒い時期に生まれた場合では、環境の違いが何らかの形で季節が性格に影響している可能性があってもおかしくないかもと思い始めました。今や、冷暖房空調のおかげで、四季の変化が室内環境に影響することなく生活をおくれますが、昔は四季のパターンや気候の変化が生活環境と一体化しており、身体的な影響はもちろんだが、心理的な影響も大きくあったのでしょう。  

伝説のような物語も実は統計学的な科学的根拠がもとにあって成り立っていたものが、現代社会の「ものさし」に合わなくなってしまっただけで、実は客観的な事実にもと付いているのかもしれませんね。実際に占星術は科学的根拠があるのか興味半分にグーグルで検索したとこと、オックスフォード大学で神経科学者のラッセル・フォスター教授の研究が目につきました。フォスター教授によると、占星術は科学的根拠から成り立っていると。例えば、個人の性格ではないが、精神病で見てみると統計的に統合失調症になりやすい人は1月から3月までに生まれた人に多くみられる。また、季節性情動障害は3月から4月生まれの人たちに多い病気であると。占星術は星の位置を知ることによって、環境と人間の関係を示すインターフェイスであると。また、フォスター教授は非科学的理論を科学的に証明することによって、人類が長年培ってきたknowlgegeを現代の社会の中で再認識できるようにしているそうです。

石井先生の研究も、ブラックボックス化され本来の意味がなくなってしまった常識や習慣などの蓋を開けて、知識(knowlgege)の柔軟性をもっと現代社会に活かせる場を作っているのではないかと、僕なりに解釈して「ランドスケープの果ての野生」と比較させていただきました。

私の研究も似たようなところがあって、少し野心的ではありますが、「建築の民主化」を目指しております。それは、建築という学問であり、また生活における当たり前の「モノ」でもあるのを、だだのモノ、またはかしこまった学問として扱うのではなく、誰でもが生活環境を「つくる」「使う」「知る」「楽しむ」ことができる参加型の空間づくりです。

最後に石井先生にご質問なのですが、文化人類学の必要性とは何か?また文化人類学の可能性とは何か?我々の生活に関わるコト・モノ全てが情報化され消費されてしまう世の中で、研究者としてどのような工夫をして、同じ領域の研究者だけを対象とするのではなく、文化人類学の必要性をでつくり出しているのでしょうか?

独り言のようなお手紙になってしまい、全然「ブラインドデート」でなく失礼いたしました。

小渕祐介       
 

 

 書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』 

都市とライフスタイルの未来を議論する国際会議「Innovative City Forum 2019(ICF)」における議論を、南條史生氏と森美術館、そして27名の登壇者と共に発刊した『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』 。
「都市と建築の新陳代謝」「ライフスタイルと身体の拡張」「資本主義と幸福の変容」という3つのテーマで多彩な議論を収録したアカデミーヒルズ発刊の論集です。
 


 
石井美保さん執筆  ランドスケープの果ての野生 (P.212~)  【要約】

異常気象や自然災害が常態化した今日において、制御しきれない自然の猛威と人間との関係性について、文化人類学の観点からフィールドワークを通じて、それらへの感受性を研ぎ澄ますことを試みる本論。
インドの大規模開発地域への実地調査では、反開発運動の展開とともに、神霊祭祀の役割が再考されることに触れ、気候変動の危機など、人間中心主義が招いた限界をどう乗り越えるかが語られています。
 

次回は、vol.2は 【石井美保さんから小渕祐介さんへの書簡】をお届けいたします。小渕さんの質問に、石井さんはどのような書簡を返信するのでしょうか?
どうぞお楽しみに!

< 往復書簡の流れ >
vol.1   建築学 → 文化人類学 【 小渕さんからの書簡 】
vol.2 文化人類学 → 建築学 【 石井さんからの書簡 】
vol.3 建築学と文化人類学の交差点




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プロフィール

小渕祐介(東京大学建築学専攻 准教授)
小渕祐介(東京大学建築学専攻 准教授)

2010年より東京大学建築学科にて小渕研究室を主宰する。また、アドバンスト・デザイン・スタディーズ・プログラムの共同創設ディレクターでもある。これまで、2005年から2010年の間はロンドンの英国建築協会 (AA) にてデザイン・リサーチ・ラボの共同ディレクターを務め、2003年から2005年の間、同協会でコースマスターとユニットマスターを務めてきた。プリンストン大学、南カリフォルニア建築大学、トロント大学で建築学を専攻し、プリンストン大学、ハーバード大学デザイン大学院、香港大学、ケンタッキー大学、ニュージャージー工科大学で教鞭を執った。 小渕准教授の今までの研究プロジェクトは、ニューヨークのクーパー・ヒューイット・ミュージアム、パリのポンピドゥー・センター、北京建築ビエンナーレ、ロッテルダム建築ビエンナーレ、チューリッヒ・デザイン美術館、バルセロナ・デザイン美術館など、世界中で展示・出版されてきた。


石井美保(京都大学人文科学研究所准教授)
石井美保(京都大学人文科学研究所准教授)

文化人類学者。タンザニア、ガーナ、インドをフィールドとして宗教実践や環境運動についての調査を行っている。著書に『精霊たちのフロンティア』(世界思想社, 2007年)、『環世界の人類学』(京都大学学術出版会, 2017年)、『めぐりながれるものの人類学』(青土社, 2019年)など。


人は明日どう生きるのか - 未来像の更新

南條史生 アカデミーヒルズ
NTT出版


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