66ブッククラブ第2回
『暗号通貨VS.国家』を読む
第1章 自由を実現する「フォーク」
アカデミーヒルズとコンテンツレーベル「黒鳥社」のコラボレーションによって始まった、新しいタイプの読書会「66ブッククラブ」。6月6日に開かれた第2回では、気鋭の経済学者・坂井豊貴氏による『暗号通貨VS.国家』を取り上げた。社会選択理論やマーケットデザインの研究で知られる坂井氏が、なぜいま「暗号通貨」なのか? その秘密は、どうやら暗号通貨が実現している新たな「制度」にあるらしい。坂井氏本人とデザインシンカーの池田純一氏をゲストに招き、黒鳥社 コンテンツディレクター若林恵氏のファシリテートのもと議論を繰り広げた読書会は、この本が単なる「暗号通貨」の本でも「経済」の本でもないことを明らかにした。
TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTOGRAPH BY MASAMI IHARA
坂井豊貴(慶應義塾大学経済学部教授)
「この本のタイトルは暗号通貨と国家を「VS.」で対置させている。だが暗号通貨は「反国家」ではない。暗号通貨は「非国家」だ」
坂井豊貴『暗号通貨VS.国家』を手にとったものは、まえがきにこう書かれているのを見ていささか面食らうかもしれない。なにせそのタイトルから期待されるであろう内容が早々に否定されてしまうのだから。そしてこのまえがきは、次のようにつづいてゆく。
「国家に敵対はしないが、国家とは似ても似つかぬもの。国家に過度に集中した力を世のなかに分散させていくものだ。これはべつに反権力ぶっているわけではない。近代社会が国家に押し付けすぎた負担を、少し軽くしようということだ」
そう、この本で描かれる「暗号通貨」は、巷に流布するイメージのように反権力的で従来の国家を打ち壊してしまうような存在ではない。本書を読み進めていくにつれ、著者の坂井氏はどうやらビットコインやブロックチェーンの「制度設計」にこそ関心があることがわかってくる。
『暗号通貨VS.国家』を読み解くべく坂井氏本人を招いて行なわれた66ブッククラブ第2回は、そんな坂井氏の関心を浮き彫りにするとともにブロックチェーンへ新たな光をあてるものとなった。
この日坂井氏がもってきた「次に読むべき本」は、渡辺靖『リバタリアニズム』、重田園江『社会契約論』、マイケル・ルイス『世紀の空売り』の3冊。坂井氏はまず『リバタリアニズム』を紹介しながら、自身が新たな「ガバナンス」のあり方としてブロックチェーンに関心を寄せていることを明かす。
「日本だと極論と思われることも多いんですが、みんなもっとリバタリアニズムをきちんと理解するべきだと思っています。左右の分類をするよりもまず、ガバナンスの仕組みを考えたほうがいい。人間の集団はある種の“人工物”なので、それをあたかも人間のように動かすためにはガバナンスの仕組みが必要なんです。そのときに、リバタリアン的に国家を小さくすることもリベラルに大きな政府をつくることもできる。その点、暗号通貨はどんなガバナンスにすればうまくいくかみんなが試行錯誤しているのが面白いんですよね」
ガバナンスとしてのブロックチェーンを考えるなかで、坂井氏がとりわけ注目するのが「(ハード/ソフト)フォーク」の発想だ。ブロックチェーンは有志の人々など一定の集団によってそのシステムが維持・運営されており、しばしばその信念の食い違いによって“喧嘩別れ”のように分裂してしまう。なかでも坂井氏が強い魅力を感じているのが、新しい規則を採用するものとしないものによってブロックチェーンが二分される現象、「ハードフォーク」だ。しかも坂井氏はフォークに『社会契約論』を見出しているのだという。
「ハードフォークによるコミュニティの分裂って批判的に捉えられがちなんですが、ぼくはすごくポジティブに見ています。フォークによって分裂した方は新しい“約束”によって新しい社会をつくるんですが、これってルソーの社会契約論を体現しているんですよ」
トマス・ホッブズやジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソーが論じてきた社会契約論にならえば、人間の社会は「約束」によって社会たらしめられており、約束に従いたくなければその社会から抜け出してもいい。しかし、実際にわたしたちがみずからの社会から抜け出すのは極めて難しい。わたしたちは生まれたときから社会のなかにおり、外側に出るには概して大変な不利益を伴うからだ。
「でも、暗号通貨コミュニティはそれを実現しているんですよ。これまでルソーの議論のなかだけで存在していた社会が実現されている。自分の意志で自分の属するコミュニティを決められるわけです。宗教の分派で似たようなことは起きていましたが、人類はついにこんなことを実現できるようになったのかと感動しましたね」
坂井氏はそう語り、フォークの概念は自分が尊重すべき理念に従える自由を実現しているのだと続ける。これまでブロックチェーンはその自律分散的な性質からアメリカ西海岸のヒッピーカルチャーと結びつけられることが多かったが、坂井氏はブロックチェーンがつくり出す制度に17世紀後半のヨーロッパで興った啓蒙思想や社会契約論を見出しているのだ。
リバタリアニズムや社会契約論などいくつもの思想的・文化的コンテクストを横断した末、坂井氏は3冊目の『世紀の空売り』を紹介した。これまでの2冊と打って変わって、本書はアメリカで映画化され日本でも2016年に『マネー・ショート 華麗なる大逆転』として公開されたエンタメ的にも読める作品だ。
坂井氏は「これまでやや固めの話をしてきましたが、一方ではビットコインが祭なら“踊らなにゃ損々”だと思っていまして」と語り、本書を読めば資本主義のいかがわしさが面白く感じられるはずだと続ける。
「毒のある社会を愛そう、というか。わたしたちはよくもわるくも資本主義経済のなかで生きているので、だったらそのルールを知ったうえで遊べばいいじゃないかと思ってるんです」
かくして坂井氏は3冊の紹介を通じて、わたしたちが所与のものと考えていたルール=社会を解きほぐしてみせる。『暗号通貨VS.国家』は単に「暗号通貨VS.国家」という対立を語る書籍ではなく、その対立の前提となるルールを見つめなおさせ、わたしたちに自由をもたらすものだったのだ。
『リバタリアニズム』
渡辺靖 本書の帯に書かれた「オバマにもトランプにも共感しない──若い世代に広がる自由至上主義の衝撃」というコピーは、いまリバタリアニズムを考えるべき理由を示唆している。坂井氏は「リバタリアンになる必要はなくても、こういう考え方がある種自然なものだということを知っておかないと世の中のいろいろなことが理解できなくなってしまうと思います」と語る。
『社会契約論』
重田園江 ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズの議論を読み解きながら、「社会契約論」を理解する入門書的な一冊。「内側から定義するのではなく時間をかけて外縁から埋めていくようなアプローチでなければ社会契約論や一般意志は理解できないと思います」。坂井氏いわく、社会契約論は非常に難しいためまずは新書からゆっくりと数週間かけて読み込んでいくことが重要だという。
『世紀の空売り』
マイケル・ルイス 世界中が好景気に酔っていた2000年代なかばに、世界経済が破綻すると予測しその可能性に賭けた男たちの痛快なノンフィクション。「世紀の空売り」に挑戦した投資家たちがいかにして経済破綻を見抜いたのか明らかにする本書は、資本主義のもついかがわしさを明らかにしてもいる。「これは資本主義を好きになるための一冊ですね」と坂井氏。
<66ブッククラブ 第3回はこちら>
66ブッククラブ第2回 インデックス
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第1章 自由を実現する「フォーク」
2019年07月16日 (火)
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第2章 身体モデルから遠くはなれて
2019年07月16日 (火)
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第3章 制度設計は「ものづくり」
2019年08月01日 (木)
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