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0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~

箭内道彦が語る「タダでもやりたい仕事」

更新日 : 2015年08月26日 (水)

第4章 大嫌いだった故郷・福島


 
福島には帰らない

箭内道彦: 僕のもう1つのライフワーク。そのキーワードは「福島」です。

僕は、福島県郡山市で生まれ、高校卒業まで暮らしていました。福島を出てからは年に1度、帰るか帰らないか。できるだけ、福島を避けながら生きていました。理由は、福島が大嫌いだったから。

僕は東京藝術大学を卒業しましたが、入学までに3年浪人しています。東京藝大一本に絞っていたため、上京して予備校に通いました。その間、親戚や地元の知人から「才能がないのだから、もうやめなよ」と何度も言われました。その言葉が「絶対に入学する」という反骨心につながりましたが、一方で福島に帰れば、面と向かってそう言われるため、次第に足が向かなくなりました。

また、すべての福島県民がそうではないと思いますし、僕の家だけかもしれませんが、ご飯を食べている最中、近所の噂話や悪口ばかり。ネガティブな話題を聞かされるのがたまらなくイヤで、とにかく1日でも早くそこから離れたかった。さらに、正月など久しぶりに福島に帰る時は、黒いニット帽を深くかぶり、金髪を隠して帰りました。若い頃は必ず、「お前は東京に行って調子に乗っている」などと言われたからです。杭は打つという空気も、たまらなくイヤでした。

2006年、僕はサンボマスターというバンドのCDジャケットを制作しました。ボーカルの山口隆くんは、会津若松市の出身。彼も僕と同じ気持ちを抱えていたため、すぐに意気投合し、ならばこの気持ちを歌にしてしまおうと、『福島には帰らない』という歌を作りました。

その後、2007年にTBS『情熱大陸』に出演した際、この歌のライブシーンが流れました。すると、福島民報社の営業担当者から「こういう人にこそ、福島を元気にしてほしい!」とオファーが届き、同紙の創刊115周年記念として、「207万人の天才。」という特集広告を作ることになりました。

結局、僕も含め、田舎の人々は周りに遠慮をしながら、目立つことを恐れる人が多い。その裏で、そうじゃない人に対するやっかみも生まれる。目立つ人に嫉妬し、足を引っ張ろうとする。そうした人達に「みんな、何かの天才だ。それに気がついていないだけ。気がついたら、もっと自慢すればいい」というメッセージを届けたかったのです。

この広告をきっかけに、山口くんと一緒に福島でライブイベントを行うようになり、あれほど嫌いだった故郷に帰る回数が急に増えました。ライブでは『福島には帰らない』も歌いました。当時、この歌を福島で歌うことは、僕を抑えつけ、引っ込み思案の性格を植え付けた福島への「復讐」だと感じていました。

福山雅治さんの言葉

箭内道彦: :2010年夏、僕が司会を務めていたNHKのトーク番組『トップランナー』で、福山雅治さんと対談しました。福山さんも故郷の長崎に対して、僕と似たような感情を持っているのではないか。そう問いかけたところ、予期せぬ答えが返ってきました。

「僕も以前まで、何でも長崎のせいにしてきました。でも、それは自分の至らなさを長崎のせいにしていただけだった。本当に悪いのは、何もできなかった自分。そう気づいた瞬間がありました。」福山さんは、僕よりもずっと大人です。彼の言葉を聞いて、大きなショックを受けました。

それから半年後の2011年3月、東日本大震災と原発事故が起きました。僕の中にあった、故郷への思いが表出します。

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六本木アートカレッジ 0円の仕事~NO LIFEWORK, NO LIFE.~
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「0円でやる仕事」、それが「ライフワーク」。なりたい職業より、やりたいこと。箭内流のライフワークの考え方、見つけ方についてお話しします。



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