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日本のソフトパワー
発信力・交渉力を高める“文化の力”

近藤誠一・前文化庁長官が語る

BIZセミナー経営戦略キャリア・人
更新日 : 2015年03月11日 (水)

第8章 日本の価値を再認識し、自信と誇りをもつ

近藤誠一氏

 
リヨテ将軍と樫の木

近藤誠一: 戦後の日本は、欧米に追いつけ追い越せと、すべてのリソースを経済に注いできました。「ビルや橋をつくろう。次は新幹線とオリンピックだ」という流れのなかで、次第に文化や芸術は脇に置かれるようになりました。バブル経済がはじけたとき、再び文化や芸術に目を向けるチャンスが訪れましたが、何も変わりませんでした。それから20年以上経ったいまも、経済成長を第一とするマインドは根強く、文化や芸術は脇に追いやられたままです。

物質的な豊かさをもたらす経済成長は、生活基盤を整えるという意味では大切です。しかし、あくまでもそれは、物心両面での豊かな生活という目的を達成するための手段であるはず。日本の文化は、海外から高い評価を受けています。しかし、私たち自身は、経済成長を追い求めるなかで、自国の文化の価値をことさら低く評価するようになったと感じています。その意味でも、いま一度日本のソフトパワーの源泉を見つめ直し、自信と誇りをもつことが大切なのではないでしょうか。

欧州は400年前から近代化を進めてきましたが、日本は明治維新から150年しか経っていません。その分だけ、文明の良くない面に染まらずに済んだとも考えられます。そうであれば、日本のソフトパワーは、世界を本来あるべき方向に導いていくだけの力をもっているはず。それが実現できれば、国際社会における日本の存在感はより一層高まっていくことでしょう。


日本のソフトパワーの源泉を知り、発信し、受信してもらう。このプロセスを築いていくためには、やらなければいけないことがたくさんあります。それは、今日投資して、明日結果が出ることではありません。世界中の人々と対話を重ね、トライ&エラーを繰り返しながら、時間をかけて最善の方法を見つけていくしかないのです。

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの将軍、ユベール・リヨテについて、次のようなエピソードがあります。

ある日、リヨテは庭に大好きな樫の木を植えたいと考え、庭師に「樫の木の苗を買ってきなさい」と言いました。すると庭師は、「樫は生長がとても遅い。大木になるまで100年かかります」と忠告したそうです。これを聞いたリヨテは、「それならば、なおのこと時間を無駄にしてはならない。すぐに樫の木の苗を植えなさい」と命じたそうです。これは、ジョン・F・ケネディ大統領が好んで使ったエピソードでもあります。

時間はかかるかもしれませんが、日本の価値観や文化・芸術には、腰を据えて取り組むだけの素晴らしい価値があります。それは、先人たちが大切に守り、残してくれた貴重な資産であり、経済的な価値には置き換えられないものです。私たちは、受け継いだ資産の価値を再認識し、自信と誇りをもつ。そして、子どもたちへ自信と誇りを受け継ぎ、同時に世界の人々にも伝え、日本のファンを増やしていく。皆さんも時間がかかるといって先延ばしにせず、ぜひ、今日からそのためのアクションを始めていただきたいと思います。(了)


気づきポイント

●日本のソフトパワーの源泉は、「自然」に対する日本人特有の考え方に隠されている。
●最良の発信方法は、外国人を日本に招き入れ、自然や文化財に直接触れてもらうこと。
●日本のソフトパワーは、世界を本来あるべき方向に導いていく力をもっている。

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~日本人の発信力・交渉力を考える~

日本のソフトパワー
近藤誠一 (元文化庁長官)

今後の日本の経済発展、国際競争力向上のためにも重要な役割を果たすと考えられているソフトパワー。その役割と日本の発信力、交渉力について近藤氏に伺います。


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