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日本のソフトパワー
発信力・交渉力を高める“文化の力”

近藤誠一・前文化庁長官が語る

BIZセミナー経営戦略キャリア・人
更新日 : 2015年03月11日 (水)

第6章 日本のソフトパワー「発信」

近藤誠一氏

 
日本のふところに取り込む

近藤誠一: 次に「発信」です。多くの日本人は、感性的な部分では自国の魅力を理解しているものの、それらを論理立てて説明することは苦手としています。日本語は、擬音語や擬態語、微妙な色合いを表現するボキャブラリーは豊富ですが、そうした感覚を英語やフランス語に置き換え、論理的に説明できるかと言えば、難しいでしょう。

元来控えめで慎ましい国民性の影響もあると思いますが、これまで日本人は、海外に向けて自国の魅力をアピールしてこなかった。そのため、論理的に説明する能力を養うことができなかった。また、アピールする機会が少なければ、自国の魅力について考える機会も少なくなり、その価値に気づくこともできません。この点については、グローバルに対話の能力を磨いていくことが解決につながると思います。

ただし、言語に頼り、理性に訴えかけることだけが、発信の方法ではありません。自然や文化財の素晴らしさは、感性に直接響くものだからです。

10年ほど前、私が外務省で広報文化交流部長を務めていた頃、インドネシアのイスラム系の高校から教育視察団をお招きし、高校の授業見学とともに、各地の名所を2週間かけてご案内しました。最終日、空港を出る時、随行員に対して、団長さんは次のように言いました。「本当に素晴らしい2週間でした。日本政府に感謝します。特に素晴らしかったのは、比叡山の森です。あの森には神々が宿っており、そこに日本人の原点があると感じました」。

私は非常に驚きました。言葉や文化、価値観はまったく違いますし、そもそもイスラム教には神々という多神教の発想はありません。それにもかかわらず、比叡山の森の魅力を見抜いてくれたのです。インターネットで比叡山の動画を見ても、おそらく同じ感想はもたなかったはず。実際に比叡山に足を踏み入れたからこそ、あの森に隠された何かを感じたのだと思います。

「発信」と言えば、外へ向けて情報を出すこと、プレゼンテーションすることを考えがちです。しかし、特に説明を苦手とする日本の場合は、外国の方々に日本に来てもらい、自然や文化財に直接触れてもらう。すなわち、相手を日本のふところに取り込むことこそ、ソフトパワーの最良の発信方法だと思うのです。


 
発信したい日本の感性・価値観

近藤誠一: 外国の方々に感じてもらいたい日本の素晴らしさは、たくさんあります。たとえば、奥州平泉・毛越寺の浄土庭園。自然の姿に倣うという『作庭記』(※編注)の思想が色濃く反映されており、ヴェルサイユ宮殿の庭とはコンセプトがまったく異なります。ヴェルサイユの庭の美しさは、直線や円、左右対称など、幾何学的な構造美にあります。欧州の思想は基本的に人間中心であり、自然は征服するものという考えであったため、このような形が好まれました。しかし、完璧な直線や円、左右対称というものは、あくまでも私たちの頭のなかだけに存在する概念であり、自然界には存在しません。

日本人の思想は自然中心であり、自然と共生するという考えがあるため、幾何学的なものはそれほど好まれないと思います。たとえば、完璧な円を目指して作られたティーカップよりも、不格好な楽茶碗のほうが、なぜかホッとするのではないでしょうか。もしも河原にティーカップと楽茶碗が置かれていれば、ティーカップはすぐに見つかっても、楽茶碗は見つからないかもしれない。それほど、自然と融合することを、日本人は重んじているのだと思います。

また、目には見えないもの、音として聞こえないもの、手で触れられないものにも、何らかの価値を感じる。それも日本文化の特徴でしょう。たとえば、古道具が妖怪に変化した様を描いた中世の絵巻物があります。年末、捨てられた古道具が集まり、「人間は俺たちを使い捨てにした。こらしめてやろう」と言いながら妖怪に変化し、闇夜のなかを行進する。他愛のない話ですが、我々にはこの感覚が理解できるのではないでしょうか。同じような意味では、「針供養」があります。裁縫の針が錆びて曲がり、使えなくなったとき、「お世話になったね、ご苦労さん」と、柔らかい布団や豆腐、こんにゃくなどに刺して供養する。

私たち日本人には、「自然のなかで生きている限り、すべてのものは一緒である」という気持ちがある。そうしたものを外国の方々に向けて、もっともっと発信したいと思います。


※編注
作庭記
平安時代に書かれた日本最古の作庭指南書。藤原頼通の子・橘俊綱の作とされ、作庭に関する意匠・技法・禁忌などが記されており、日本庭園の思想・美意識の源流をなすものと言われている。

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~日本人の発信力・交渉力を考える~

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近藤誠一 (元文化庁長官)

今後の日本の経済発展、国際競争力向上のためにも重要な役割を果たすと考えられているソフトパワー。その役割と日本の発信力、交渉力について近藤氏に伺います。


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