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日本のソフトパワー
発信力・交渉力を高める“文化の力”

近藤誠一・前文化庁長官が語る

BIZセミナー経営戦略キャリア・人
更新日 : 2015年02月25日 (水)

第3章 パブリック・ディプロマシーの難しさ

近藤誠一氏

 
意図せざる結果も招くことも

近藤誠一: パブリック・ディプロマシーは、非常に有効でありながらも、使い方次第では「意図せざる結果」を招いてしまうこともあります。たとえば、イラク戦争が始まった2003年頃、中東地域では反米感情が高まりました。打開策として、米国政府はパブリック・ディプロマシーに取り組みました。この言葉は、イラク戦争を境に広く認知されるようになったと言われています。

米国政府は、アラブ系米国人が「米国は自由の国。米国人とイスラム教徒も仲良く暮らしている」などと語るビデオを制作し、中東地域で放送しました。「イスラム教徒に語ってもらえば、賛同が得られるだろう」と考えたのでしょう。しかし、現地の反米感情をよく把握せずにつくってしまったため、さらなる反発を招いてしまったと聞いております。

また、1990年代半ば、私がワシントンの駐米大使館に勤めていた頃、日米自動車協議が行われました。米国は自動車とその部品について、「日本市場は閉じている。もっと開放しろ」と声高に叫んで、大きなゲームを仕掛けてきたのです。

日本の担当者は「日本メーカーが米国で自動車を売るときは、仕様を米国の基準に合わせている。しかし、米国車はサイズも変えず、さらに左ハンドルのまま、日本で売ろうとしている。日本の道路やガレージは狭い。日本のニーズに合わせなさい」と説明しました。けれども、いわゆるビッグスリーの方々には「米国の自動車は世界一だ」という意識があり、ときのクリントン政権も強気の姿勢で交渉に臨んできました。

当時の米国通商代表は、弁護士出身で非常に弁の立つミッキー・カンター氏。彼は、あらゆる方法を使い、交渉を有利に進めようとしていました。ある日、彼はワシントンに駐在する日本側のTVメディアに「いまから緊急会見を行う、日本国民に伝えたいことがある」と声をかけ、次のように話しました。「国内市場の保護政策により、日本国内の物価は上がり、消費者に不利益が及んでいる。それは世界経済にマイナスの影響を与え、その結果日本の輸出が減少し、輸出大国である日本の雇用も減っている。だから、日本政府に対し、米国の主張を受け入れるよう働きかけたほうがいい」。明らかに、日本国民に向けたパブリック・ディプロマシーでした。


しかし、メディアの方々の頭上には「?」マークが浮かび、このニュースを見た多くの日本人も同じ思いをもちました。「日本が妥協しなければ、私たちの仕事がなくなるだって? そんなことはないだろう。むしろ、日本メーカーが頑張れば、輸出も雇用も増える」と思ったからです。

米国では、国民の支持を集めようとする際、「雇用を増やす」と言えば、たいてい支持が得られます。まさに同じことを行ったわけです。メディア戦略・戦術において、米国政府はとても優秀ですが、必ずしもグローバルな影響を考慮し、発信の仕方を細かく工夫することはしません。この件に関しても、日本の状況や国民の考え方を十分に把握せず、米国民と同じだと思い込んでいたのでしょう。

反対に、良い意味で「意図せざる結果」を招いた例としては、世界60カ国以上で放映されたドラマ『おしん』があります。

以前、制作担当だった方とお話ししたところ、そもそも『おしん』をつくった理由は、戦後の行き過ぎた経済至上主義の陰で、日本人が見失ってしまったものを描きたかった、とおっしゃっていました。ことさら、辛さや苦しさを堪え忍び、必死に生きる女性の姿を際立たせたかったわけではなかったと。しかし、結果的には日本の女性だけでなく、特に途上国で苦労されている女性の心を打つ作品となった。

『おしん』のケースは、意図したものではなかったにしろ、日本の好感度アップに大きく貢献し、非常にポジティブな結果を生み出しました。分かりやすい例でご説明しましたが、いずれにしろ思うようにいかない、狙った通りの結果につながらないことが、パブリック・ディプロマシーの難しさと言えるのです。


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今後の日本の経済発展、国際競争力向上のためにも重要な役割を果たすと考えられているソフトパワー。その役割と日本の発信力、交渉力について近藤氏に伺います。


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