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時代を撮り続ける写真家・篠山紀信の表現を探る

写真力とは何か?

キャリア・人文化
更新日 : 2013年01月25日 (金)

第3章 被災者の本質を捉えたカメラの力

写真左:生駒芳子(ファッションジャーナリスト)写真中央:篠山紀信(写真家)写真右:松井冬子(画家)

 
いまの時代には、いまのカメラ

生駒芳子: いまはデジタル時代になって、みんながカメラマンみたいになっていますよね。デジタル時代における影響は何かございましたか?

篠山紀信: 僕は「いまの時代」を撮るには、「いまのカメラ」が一番いいと思っています。写真愛好家とか写真芸術家とか、いまだにライカとかローライフレックスをぶら下げていたりしますよね。特にライカはもう難しくて、僕には撮れません。デジタルは出たときから使っています。撮影の後は全部デジタルで作業をするので、撮るところだけフィルムだと、あとが大変なんです。

今回の写真展も、あそこまで大きくするのはデジタルの仕業。だから、デジタルはいいと思います。写真が発明されてからまだ200年足らず。いろいろな技術があるけれども、デジタルになったのは一番の変革。だってデジタルは電気ですよ。エレキです。今までは化学でしたから。

でも、フィルムを使わないわけでもない。エイトバイテン(※編注:大判カメラ用のフィルムのこと。大きさが8×10インチであることから呼ばれている)という大きいカメラを使うことがあります。あれはデジタルじゃなく、アナログです。あおりといって、後ろで……。

生駒芳子: 調整ができる。

篠山紀信: ちょっと! 僕がいろいろ言おうと思っているんだから。

生駒芳子: すみません。(笑)

篠山紀信: とにかく、チョーセーができるんです!

会場:(笑)

篠山紀信: 大きなカメラがあると、被写体はカメラに向かって“写真を撮ってもらおう”という態勢になるんです。

まず、「カメラの前に立ってください」とお願いする。そして、手動でピントを合わせて、フィルムを入れて、シャッターと絞りをセットする。それからフィルムを抜いて、“ハイ、パシャッ!”と押すんですよ。どんなに早くやったとしても、数10秒かはかかる。

その間、その人がピシッといないと困るじゃないですか。何か、一種の儀式をやっている感じがします。しかも、エイトバイテンは画面が大きいから、その人が持っている本質的なもの、それこそ、しわも写ってしまうんですね。

50日後に見た、被災地の表情

篠山紀信: 被災者の方たちをカメラで撮りました(※編注:<篠山紀信展 写真力>では、「ACCIDENTS:2011年3月11日、東日本大震災で被災された人々の肖像」のセクションにて展示された)。僕が行ったのは震災50日後。3月11日までまったく平穏な生活をされていた方々が、突然理不尽な不条理なことに出会った。肉親を失うとか、家がなくなるとか、いろんな経験をしているわけです。ボランティアもいるけれど、全然違う表情している。どう撮ろうか悩んだけれど、エイトバイテンで「カメラを見てください」って言うだけにした。

50日というのは、なかなか不思議な期間です。肉親がそのときいなくとも、ひょっとしたら帰ってくるかもしれないと期待していたり、悲しんでいてはいけないと自らを鼓舞して明るくしていたりね。とっても複雑な心境、揺れ動く時期でした。そういったときにね、僕みたいなカメラマンがあれしろこれしろと言うのはちょっと……。だから、ただエイトバイテンを持っていって、カメラに撮ってもらおうと思ったんです。すると、とてもいい表情を撮れたんですよ。

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