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野中郁次郎氏が語る、未来を経営する作法~美徳のイノベーション~

VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar

更新日 : 2010年09月29日 (水)

第3章 知を利潤に変換せよ

野中郁次郎氏

野中郁次郎: 恐らく21世紀の世界はとてつもない成長よりも、持続的な成長を目指すでしょう。それは徹底的に創造性を追求すると同時に、徹底的な効率性をも追求するという大きな挑戦になるはずです。この場合、知を利潤に変換することが問われます。知識創造プロセスに利潤変換を入れ込む必要があるわけで、まさにビジネスモデル・イノベーションと深くかかわってきます。

つまり、自社にしか提供できない知あるいは価値を、どういう能力から生み出し、どういう顧客に届け、優れた収入・コスト構造にして利潤に結びつけるかという枠組み、アーキテクチャーを持たないといけないのです。

ビジネスモデルはまだまだ未開拓の領域です。ビジネスモデルを考え出すことがなぜ難しいのかというと、非常に個別具体的で、事業・商品・ソリューションごとに違うからです。しかもビジネスモデルは理論から導き出すというより、むしろ直感や実践の試行錯誤の中で生み出すものだからです。

今ある一般論としての戦略は、ほとんど役に立ちません。ビジネスモデルは生きた現実のただ中で、個別具体の文脈に合わせて次々に関係性を構築していく、ある意味で実践論であり実験主義であるべきではないでしょうか。

ビジネスモデルの基本にあるのは、いかなる価値や知を提供できるかという「価値命題」ですが、そう簡単に構築できるものではありません。提供する価値命題の「顧客」は誰で、どこで「収益」を獲得するのかというプロセスが必要です。と同時に、価値命題を実現する「組織基盤」とその「コスト構造」はどうなっているのかを把握することも必要です。これら両者を総合することで「利潤」になるのです。ビジネスモデルの構築にはこういう要素が一般論としてありますが、論理分析的に導き出せる保証は全くありません。

例えば、インドのタタ・グループはナノという自動車を開発しましたが、きっかけは現CEOのラタン・タタが、雨の日のムンバイでたくさんの人を乗せて走る1台の危険なスクーターを目にしたことに始まります。

「これがムンバイというものだ」と言ってしまえば終わりですが、タタは「もし、彼らに雨露をしのげる安全な自動車を手の届く価格で提案できれば」とひらめいたのです。これが強力な価値命題になったのです。

そして過去の経験から、2,500ドル程度の価格なら膨大なスクーター・ファミリーが顧客になる可能性があると判断。その価格でつくり、利潤を獲得するために、若いエンジニアでプロジェクト・チームを編成して、コスト構造を抜本的に変革しました。徹底的にオープンソースにし、ベンダー数を削減し、モジュール化し、外部工場とネットワークをつなぎ、受注生産にまでつき進み、新しい組織基盤をつくり、ビジネスモデルをつくり上げたのです。

これは客観的な資料分析から論理的・演繹的に導き出したというより、現実のただ中で動きながら考え抜いた実践的戦略です。より大きな飛躍した帰納法とでもいうのでしょうか。いずれにしても、ビジネスモデルには直観力、SECIモデルの「共同化」が非常に重要なのです。
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野中郁次郎 (一橋大学 名誉教授)

野中 郁次郎(一橋大学 名誉教授)
2007年の『ウォール・ストリート・ジャーナル』誌で「The most influential business thinkers(最も影響力のあるビジネス思索家トップ20)」に選出された野中郁次郎氏のご講演です。


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