記事・レポート

常に進化し続けるトップアスリートの強さに迫る

~オリンピックの先にあるもの~

更新日 : 2010年07月09日 (金)

第2章 「最初で最後」と思っていた、初出場のリレハンメル

岡崎朋美氏

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石川牧子: 5回オリンピックに出場なさった岡崎さんにぜひ伺いたいのですが、オリンピックとオリンピックの間の4年間は、どう過ごすのですか。例えば私たちですと「やっときょうが終わった。明日は何をしよう」とか、せいぜい1週間、長くても数カ月の計画しか立てないことが多いのですが。

岡崎朋美: そうですねえ……実は、最初のリレハンメル・オリンピック(1994年)が「最初で最後だ」と思っていたんです。私は小中高と無名の選手で、インターハイでも4位が最高記録でした。だから自分の能力を考えると「これ以上はどうなのかな」という感じで。体力や運動神経に関しては自信があったのですが、スケートに関してはあまりセンスがないのかなと思っていたのです。

ただ高校2年生のときに全日本スプリント選手権があって、そこで富士急行の橋本聖子さんとお会いして、「私も富士急行に」と思ったのです。世界で戦っている橋本聖子さんが所属するチームに入れば、自分の身体能力の可能性がわかる、ダメなのかいけるのかがはっきりする、そう思ってチャレンジしました。

ですので、富士急行に入社してからは「聖子さんについて行けば世界にちょっとでも近づけるんじゃないか」という希望を持って練習していました。

そしたら3年目にワールドカップの選考会をクリアして、リレハンメルに出場できたのです。そのときはオリンピックでの成績がどうこうじゃなく、「聖子さんと一緒に、その舞台に立ちたい」という思いだけでした。けれど出場してみたら「何なんだ、このパッションは?」と。

石川牧子: そのパッション、情熱というのはご自身の? それとも聖子さんの?

岡崎朋美: 自分のです。オリンピック会場の雰囲気をはじめ、全てが普通の大会とは全然違って。それまでは「多分オリンピックはもうないな」と思っていたのですが、すごく楽しいというか幸せな感じがしたので、そのまま延長して翌シーズンも続けていたら、ワールドカップで優勝するなどして、ちょっと名が立つようになって、ますます面白くなったんです。

石川牧子: それで長野オリンピック(1998年)に行ったのですね。

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