記事・レポート

日本の蚊帳(かや)が、アフリカの貧困を救う

~1人の日本人が20年間続けたライフワークが、世界を動かす~

更新日 : 2009年11月09日 (月)

第2章 マラリア対策に『オリセットネット』が選ばれた理由

ムハマド・ユヌス氏

伊藤高明: WHOは1998年に、ユニセフ、ワールド・バンク、UNDPと共にRoll Back Malaria(ロール・バック・マラリア)というキャンペーンを始め、「2010年までにマラリアによる死亡を50%削減する」という目標を掲げました。その手段は「殺虫剤で処理した蚊帳を使う」「感染した人にはACTという新しいマラリアの治療薬を使う」というものです。

なぜ普通の蚊帳ではだめなのかというと、タンザニアで子ども2人を実験小屋で寝かせた結果があります。どんな実験かというと、4~6週間にわたって「2人とも蚊帳も何もないところで寝かせる」「2人とも蚊帳の中で寝かせる」「1人は蚊帳の中で、もう1人はその外で寝かせる」、そしてそれぞれその間に吸血した蚊の累積数を調べるというものです。

これによると「2人とも蚊帳も何もないところ」で寝かせた場合は1人あたり約370頭、「2人とも蚊帳の中」では約70頭、「1人は蚊帳の中で、もう1人はその外」では、蚊帳の外で寝た人は約450頭に吸血されました。つまり、「1人は蚊帳の中で、もう1人はその外」で寝た場合、蚊帳の外で寝た人は「2人とも蚊帳も何もないところ」で寝たときよりも吸血されたということです。

一方、殺虫剤で処理した蚊帳では「2人とも蚊帳も何もないところ」の結果は当然のことながら変わりませんが、「2人とも蚊帳の中」の場合は約3、40頭に減り、「1人は蚊帳の中で、もう1人はその外」の場合も約170頭に減りました。これは、蚊が殺虫剤で処理した蚊帳に触れると死ぬからです。殺虫剤で処理した蚊帳を使うと、有効的に蚊の吸血を防ぐことができ、それを村中が使うと、村の蚊の密度が減るので、例えば村の中で蚊帳に入れない人がいても、その人も恩恵を受けるということになります。

ちなみに、なぜ蚊帳の中に入っている人が吸血されるのかというと、日本の蚊帳と違ってベッドの寸法だけの蚊帳なので、寝返りを打ったときにめくれ上がったところから蚊が入ったり、蚊帳に体が触れていると外から吸血されたりするからです。

当初WHOが採用した「殺虫剤で処理した蚊帳」というのは、普通の蚊帳を殺虫剤処理したものです。これは洗濯すると薬剤が落ちるので再処理する必要があるのですが、WHOは再処理を住民に行わせることで、マラリア防止の啓蒙活動を行えると考え、この方法を採用したのです。しかし再処理率が低く、うまくいきませんでした。

そのためWHOはキャンペーン立ち上げの2年後、2000年に、このままでは「2010年までに50%のマラリアの犠牲者を減らす」という目標の達成は無理と判断し、再処理の必要がない蚊帳を新たに選択したのです。その当時は、『オリセットネット』のみがLLIN(Long-Lasting Insecticidal Net)という長期残効蚊帳があることでWHOから評価され、マラリア対策用に推薦されました。そしてWHOは住友化学にオリセットの増産と、製造技術のアフリカへの技術移転を要請してきたのです。

住友化学はパートナーとしてタンザニアのA to Z社という蚊帳メーカーを選びました。技術移転は2003年に行いましたが、品質管理上、原材料は今でも日本でつくっています。タンザニアでは原料を溶かして、溶かしたものを糸にし、編み機でネットを編み、編んだネットを縫製し、パッキングして出荷しています。

タンザニアで生産できるようになると、国際社会から『オリセットネット』の供給に対する要望がたくさん寄せられるようになったので、A to Z社とのジョイントベンチャーという形でVHI社を設立しました。この結果、現地で約4,000人の雇用が創出されました。

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~1人の日本人が20年間続けたライフワークが、世界を動かす~

日本の蚊帳(かや)が、アフリカの貧困を救う
伊藤高明 (住友化学(株)ベクターコントロール(事)技術開発部)
米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/ 一橋大学イノベーション研究センター名誉教授)

伊藤高明(住友化学(株)ベクターコントロール(事)技術開発部)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長)
アフリカの貧困を救う防虫蚊帳「オリセットネット」を開発した伊藤氏の20年間にわたる研究の過程から、スピード重視で結果を急ぐ現代の日本人が忘れがちな「地道に、こつこつと、一つのことを続ける」ことの価値を改めて考えます。


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