記事・レポート

研究者たちの往復書簡 ~未来像の更新~ 
科学社会学 × 人工知能

更新日 : 2021年03月16日 (火)

vol.2 人と人工知能はダンスできるのか?


感染症の拡大や気候変動など、世界が同時に同じ脅威に直面する今、領域を横断してダイナミックに議論し、新しい知性を紡ぎ出す力が求められています。かつて、リーダーや研究者たちは頻繁に文を送り合い、情報交換を行い、交流を深めてきました。

本シリーズ「研究者たちの往復書簡」では、アカデミーヒルズ発刊書籍
『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』をきっかけに、その著者と分野を越えた意見や質問を取り交わします。今回書簡を送り合うのは弘前大学人文社会科学部 准教授 日比野愛子さんと日本デジタルゲーム学会理事で人工知能の開発・研究に従事する三宅陽一郎さんです。
   


三宅一郎さんから
日比野愛子さんへの書簡
 

日比野愛子さま

 最初の問題提起を頂きましたこと、ありがたく思います。またICF分科会
「多理解世界を生きる」における私の拙い言葉の意図を深く読み取って頂きましたこと感謝いたします。先生の書簡を何度も読み返しました。私の理解するところ、イベントにおいても、お手紙においても先生が人工知能による社会と人の変容にたいへん心を砕いておられることを感じました。人工知能の研究者は、どうしても人工知能そのものの飛躍的進化に興味があります。またそれを引き起こそうとします。しかし、先生の視点は社会と人の連続的な変化に注意深く向けられています。私はそこから先生の視点を学び、自分でも人工知能による人の変化を考えてみたいと思うようになりました。以下は、私なりの人工知能による社会と人の変化に関する考えです。お手紙のご返答となっておりましたら幸いです。

 人工物は様々な感覚と作用を通して人間の精神の在り方に変化をもたらします。自然の中で生まれ、自然を原風景として形成されてきた人間の精神は、そのような人工物の度重なる増加及び質的変化において様々な矛盾をはらみながら発展、変化してきたと言えます。

このような人工物は、ある時には環境であり、ある時には媒体という役割を演じ、人は人工物とある意味で共生的な相互作用的関係を余儀なくされてきました。人工物の形状に応じて、人がある程度人工物に適応する、あるいは人工的環境(それが意図して生み出されたにせよ、そうでないにせよ)との協調を強いられてきたのです。不器用な形成物、歴史的な積み上げや地形による強制によって形成されてきた都市など、人は人が作ったものに自ら翻弄されてきた歴史を持つでしょう。

 我々人間がこの地球上で自然発生した自然知能であるのに対し、人工知能は、人工物に宿る知能です。つまり人工知能は、物という次元とは別の次元であり、かつさらに言えば、ソフトウェアの上位概念でもあるのです。そこで改めて、人工知能が知能であるということを問い直さねばなりません。人間はこの世界に属し、身体という物質であると同時に知能でもあります。人工物が物という次元を身体と共有しながら、人間との相互作用を行って来たのとは違う、知能という次元において自然知能と人工知能の関係を問い直さねばならないのです。「環世界」モデルはまさにその知能の特性を表してします。つまり知能とは最初から他者にかかわるものとして環境に埋め込まれています。


 知能のレイヤーといえば、これまで人は人同士、あるいは人と動物との関係でのみ体現してきました。人工知能は人工物のレイヤーからこの層に対する初めての侵入者であり、そこには当然のことながらデリケートな拒絶反応が現れます。犬や猫などの動物たちは長い時間をかけて人間との共生関係を築いてきましたが、人工知能は動物たちとは違う角度から人間との関係を築いていかねばなりません。人と人工知能の関係の樹立の構築は人間の精神の変容を結果的に必然的にもたらさざるを得ません。

人が人としてアイデンティティを持つ『知能』に対して、人工知能はそのアイデンティティを揺さぶる存在でもあります。実はその揺さぶりに対して、拒否を示す人々がいる一方で、その揺さぶりを待っている人々がいることもまた事実なのです。それは人の精神を変える可能性がある揺さぶりであり、同時にこれまでに体験したことのない深淵を足元に開示する揺さぶりでもあるのです。人工物が人間の精神に干渉してきたように、人工知能はまた、それとは違う形で人間の精神を変える可能性を孕んでいます。

 人間が持つ環世界に対して、人工知能はその存在を現します。人はこれまでに体験したことのない『人工知能』という表象に出会います。人工知能が社会の様々な場所で、様々な在り方で現れ出る時、人は自らの中に応答する他我を作り上げねばなりません。初めてコンピュータの前に立ったときのように、自分と人工知能の関係を構築しないといけない。しかしそのような他我の形成は人類が初めて経験する事柄です。人はそのような機会に慣れていない。人と人工知能の相互作用が、人の社会的体験を変えていきます。




有史以来、都市は人を包み込んできました。その都市はあくまでも物理的存在であり、さらにこの100年ではスクリーンや広告塔のようにメディアが露出する空間でもありました。都市の中に人工知能が現れる時、人工知能は人の側に属すのか、都市の側に属するのか、どちらでありましょうか?かつて、妖精や精霊が森や草原という自然を背景にして現れ出たのと同じように、人工知能は都市や建築という技術文明を背景としてその存在を浮かび上がるものです。その存在の母体はテクノロジー化された都市とインターネットを地脈として持ち、深く現在の技術文明に属したものでもあります。人が都市をつくり、都市が人を変えていく。その中間に人工知能があります。都市がまた人工知能化することで、人の世界観と可能性はまた変容します。



私は、人工知能はこれから、三つの方向に進むと考えています。「自律型人工知能」「場としての人工知能」「人間拡張としての人工知能」の三つです。これについて説明します。
自律型人工知能は、先生からご指摘頂いたように、身体を持ち、物そのものの次元を人間と共有する人工知能です。そこでは新しく「物=身体」という次元が、人間とのコミュニケーションチャンネルとして現れます。単に記号としてのやり取りや言葉のコミュニケーションではなく、ロボットとハグをする、ロボットの肩を叩く、ロボットに背中を叩かれる、ロボットから握手を求められる、など、人工知能と人間との間に身体の次元が現れるのです。そして、人間の模倣ではない、人工知能自身のアートもここから生まれます。労働の中のデータから、身体的運動の経験から、人工知能は世界の混沌とつながりアートを創出するのです。身体は世界からアートの素材となる混沌を掬う器なのです。






次に「場としての人工知能」とは、空間に現れる人工知能のことです。例えば学校の教室が知能を持つ、ということが教室という空間そのものがカメラという目を持ち、マイクという口を持ち、机という触覚を持つということです。教室はそれらの感覚器官によって、生徒や授業の状態を認識し、意思決定を行い、実際に物理的な影響を及ぼします。例えば、生徒が喧嘩をしているのであれば中止するように勧告すると同時に先生や用務員ロボットを呼んで喧嘩を止める、などが考えられます。また、集中していない生徒に対しては机を介した勧告や音声を通した注意を行うなども考えられます。先生は採点をする必要もなくなり、机の上に置かれたタブレットに書かれた文字情報を人工知能が認識して採点を行います。このような「場の知能化」は、校舎全体、学校全体、町全体そして都市全体へと広がっていきます。これをスマートシティ構想といいます。スマートシティにおいては、都市全体を制御する人工知能、つまり都市そのものとなってしまった人工知能が出現します。この人工知能は、様々な小さい人工知能たちを配下に持ち、町を監視し、町に作用を及ぼす巨大な人工知能です。人はそのような巨大な人工知能の存在を感じながら都市の生活を営むことになるのです。そのような状況における人間の精神の在り方もまた、それ以前とは異なるものになるでしょう。あらゆる安全を保障し、サービスを提供する人工知能ネットワークの中枢たる巨大人工知能は、個々人の最大の庇護者となりえるのです。そのような庇護都市に育った人間は、おそらくその都市の外に出る事、つまり巨大な人工知能の庇護下から出ることを何より恐れるようになることでしょう。安全の保障されない世界、危険な可能性のある世界は、人工知能の腕の外にあるのです。未来の人間たちは、精神の一部を人工知能に依存するようになるでしょう。このような社会を「ユートピア」として見るか「ディストピア」として見るかは個人的な見解によります。






ここまでの議論は人工知能の発展の余波を受ける受動的なものでありますが、三つ目の可能性「人間拡張としての人工知能」はそうではありません。人間が人工知能を身にまとうことで、人間が持っている能力を何倍にも増幅し、またこれまで持っていなかった能力を付与すること、それが「人間拡張」の原理です。100メートル先の音を聞いたり10キロ先の物事を察知したり、瞬時に圧倒的な情報を取得するデバイスを身体に自然な形で身に着けた人間は、その卓越した能力を介して人工知能と対峙することができます。人間もまた、人工知能技術を身にまとうことによって、新しい存在へと発展するのです。このような人間の能力の外なる拡張は、人間の内なる精神を大きく揺さぶり、内側から外側へ向かう新しく統一された精神の流れを形成し人間を飛躍させます。これは道具が人間を変容させる現代版とも言えます。この場合は道具とは人工知能なのです。これは、前述の「人間の精神を人工知能が外側から揺さぶる」という話とは全く逆の話です。人間自らの拡張装置として人工知能を身にまとうことによって、人間の精神が変容するということです。

 こうしてみると、人工知能による人間の変化というものは、外部から引き起こされる可能性と、内部から引き起こされる可能性の双方があります。ここでテクノロジーは中立的なものとして、人間と人工知能のどちらの側にも立ってバランスを取ろうとしています。また、人工知能と拡張された人間の関係は、知能を持つことによって円滑に結ばれることができます。知能化した場を通して、拡張された人間と人工知能の間に様々なコミュニケーションチャンネルが開き、人と人工知能は分かり合うことまではできなくても、協調した動作が可能になるのです。人と人工知能は、深い次元で共にダンスをすることになります。頭でわかるだけが理解ではなく、たとえ頭でわからなくても、人工知能と人間の協調運動そのものを相互理解と呼んで良いのではないか、人工知能と人間の協調活動の樹立こそが、相互理解への道標と成り得るのではないか、そこに人工知能と人間との間の愛情さえ生まれるのではないか、と考えております。

新しい技術は常に人類の在り方を変えてきました。歴史の転換点には必ず技術の転換がありました。都市、国家、技術の3つの組み合わせが現象を展開しています。ところが、人工知能は国家を超えるアカデミズム、多国籍にまたがる大企業の中で大きなうねりを形成しています。歴史はくり返すならば、人工知能は人間の善意によって人の幸福と福祉に貢献するものとして、悪意によってであれば権力と争いの道具として使用されることになります。人工知能の技術の影響もまた歴史を繰り返すのか、それとも歴史の新しい局面を見せるのか、大きな問になりますが、先生にぜひお聴きできればと思います。


三宅陽一郎 
   
       
 

 

 書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』 

都市とライフスタイルの未来を議論する国際会議「Innovative City Forum 2019(ICF)」における議論を、南條史生氏と森美術館、そして27名の登壇者と共に発刊した『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』 。
「都市と建築の新陳代謝」「ライフスタイルと身体の拡張」「資本主義と幸福の変容」という3つのテーマで多彩な議論を収録したアカデミーヒルズ発刊の論集です。
 
 
次回は、vol.3は 【日比野愛子さんから三宅陽一郎さんへの更なる返信】をお届けいたします。どうぞお楽しみに!

< 往復書簡の流れ >
vol.1   社会科学 → 人工知能 【 日比野さんからの書簡 】
vol.2 人工知能 → 社会科学 【 三宅さんからの書簡 】
vol.3 社会科学と人工知能の交差点




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プロフィール

日比野愛子(弘前大学人文社会科学部 准教授)
日比野愛子(弘前大学人文社会科学部 准教授)

京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究課博士課程修了、博士(人間・環境学)。現在、弘前大学人文社会科学部准教授。専門は社会心理学、科学社会学。主な著作に『萌芽する科学技術』(京都大学学術出版会、2009)、共著に『つながれない社会』(ナカニシヤ出版、2014)、『予測がつくる社会』(東京大学出版会、2019)など。


三宅陽一郎(日本デジタルゲーム学会理事)
三宅陽一郎(日本デジタルゲーム学会理事)

京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学客員教授、東京大学客員研究員。IGDA日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会理事・編集委員。連続セミナー「人工知能のための哲学塾」を主催。著書に『人工知能のための哲学塾』 『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』『人工知能のための哲学塾 未来社会篇』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『人工知能の作り方』『ゲームAI技術入門』(技術評論社)、『なぜ人工知能は人と会話ができるのか』(マイナビ出版)、『<人工知能>と<人工知性>』(iCardbook)。共著に『絵でわかる人工知能』(SBクリエイティブ)、『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房)、『ゲーム情報学概論』(コロナ社)。監修に『最強囲碁AI アルファ碁 解体新書』(翔泳社)、『マンガでわかる人工知能』(池田書店)、『C++のためのAPIデザイン』(SBクリエイティブ)などがある。


人は明日どう生きるのか - 未来像の更新

南條史生 アカデミーヒルズ
NTT出版


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