記事・レポート

今考えるべきこと「明日への提案 - 逆境を越える」

NEO-PREHISTORY:人類は今新しい「先史時代」の前にいる

更新日 : 2020年04月21日 (火)

第2章 小林康夫さん(東京大学名誉教授) 

アカデミーヒルズがお届けする本企画では、様々な立場の識者から明日への提案を頂きます。
今を洞察し、未来をデザインする。多様な発想で彩られるオピニオンをお届けします。





2016年ミラノで開かれた「第21回ミラノ・トリエンナーレ国際博覧会」において、
イタリアのデザイナーのアンドレア・ブランジと日本のデザイナー原研哉が企画構成した
「新・先史時代---100の動詞」展が開かれた。わたしは、その展覧会を観たわけではないが、
その年の夏に東京で行われたあるシンポジウムで原研哉氏と出会い、そのカタログをいた
だいた。それは、ここ数年のなかで、わたしにはきわめて強い知的刺激をもたらしてくれ
た一冊であった。

なにしろNEO-PREHISTORYである。つまり、人類は、いま、新しい「先史時代」、これから
「新しい歴史」がはじまるその「前」にいるというマニフェスト。それが、「ものをつくる」
デザイナーたちから提起されたことに、わたしは驚き、感動した。その認識から出発
して、かれらは、これまでの人類の「ものをつくる」歴史を、順に「100の動詞」を
ピック・アップし、それを上田義彦の100枚の写真でアルバム風に展示したようである。

「動詞」に着目したのがなによりも素晴らしいとわたしは思った。わたし自身も、ここ十
数年、哲学的思考の領域で、これまでの「名詞中心」の思考から「動詞」の思考へと転換
を試みるべきだと考えてそれなりに実践してきていたからで、深い共感を覚えたのだ。
そこで、考えてみてほしい。あなただったら、われわれ人類のこれまでの「歴史」を展
望するために、どんな動詞を並べるだろうか、「1番目」はなんだろうか、「100番目」
はなんだろうか。

すぐに2016年ミラノで展示された回答を示すなら(カタログに従って英語も表記しよう)
「001 Exist(ある)」、「002 Hold(持つ)」、「003 Destroy(壊す)」…と
来て「050 Learn(学ぶ)」、「051 Play(奏でる)」と続き、…さあ、最後の三つ!
なんと「098 Self-organize(自己組織化する)」、「099 Visualize(仮想する)」、
「100 Regenerate(複製する)」となっていた。
よし、ここでこれまでの人類の「歴史」は終った、としよう。
そして、いま、われわれはNEO-HISTORYがはじまる前の空白の転換期NEO-PREHISTORY
にいると想像しよう。

それでは、来るべき(あるいはもう来てしまっている?)NEO-HISTORYに対してもまだ
「100の項目」を並べることができるとして、つまりそのような一方向的時間系列が
可能だとして、その最初の「001」には何が来るのか?

「新001 Lock down(封じ込める)」なのか? いや、次の「歴史」が、これまでのように
「動詞」でくくれるかどうかも疑わしいはずで、それなら思いきって「形容詞」にして
「新001 Immune(免疫がある)」のほうがいいのか?
いずれにしても、誰にそれがわかるだろうか。
いずれにしても、COVID-19の世界的災厄を前にして、これこそNEO-PREHISTORYの
徴候にちがいないと確信する。そして、石と石をぶつけて石器をつくり、その石器で
食料を潰して食べていた先史時代の人類に自分を重ねるのだ(「004 Strike
(打つ)」、「005 Smash(潰す)」なのだから)。

このカタログの冒頭に企画者のアンドレア・ブランジが言葉を寄せている。その最後の
部分を引用しよう。この力強い響きこそ、いま、われわれが聞きとらなければならない
ものだとわたしは思っている--「不確実性、恐怖、先史時代の生命エネルギーは、70億人
からなる多民族社会のなかで、暫定的な〈未来〉へ向けて、私たちの歩みの痕跡をふた
たび残そうとする。そこでは、70億人の一人ひとりが、ひとつの例外であり、可能性で
あり、同時に解決することのできない謎でもあるのだ。解決不可能な問題の存在を受け
入れること。おそらく、これが21世紀のもっとも重要な進歩のひとつなのである」。

そう、われわれの一人ひとりが、先史時代を生きる、「一個の例外」、「一個の謎」なの
だ。それを生きようとするしかない。

(*Andrea Branzi, Kenya Hara‘Neo-Prehistory---100 Verbs,Lars Muller Publishers
  and Triennale di Milano, Switzerland, 2016)
    


<筆者紹介>
小林康夫(東京大学名誉教授) 

東京大学大学院人文科学研究科 比較文学比較文化専攻卒業。
フランスのパリ第10大学で博士号取得。電気通信大学助教授、東京大学教養学部助教授・教授、東京大学大学院総合文化研究科教授を経て現職。
専門は表象文化論・現代哲学。哲学からアート・文学・建築・ファッションまで幅広い分野での批評的活動をこれまで展開。UTCP(University of Tokyo Center for Philosophy)のセンター長を十年以上つとめ、そこを拠点に各国の研究者とのさまざまな共同研究を行ってきた。多くの著書・編集本・翻訳がある。最近では、『表象文化論講義 絵画の冒険』(東京大学出版会、2016年)、『オペラ戦後文化論1 肉体の暗き運命 1945-1979』(未来社、2016年)、『「知の技法」入門』(河出書房新社、2014年、大澤真幸との共著)、『こころのアポリア‐幸福と死のあいだで』(羽鳥書店、2013年)、『歴史のディコンストラクション‐共生の希望へ向かって』(未来社、2012年)、『存在のカタストロフィー:〈空虚を断じて譲らない〉ために』(未来社、2012年)などがある。三宅一生デザイン文化財団 理事、日本証券奨学財団 評議員、日本デザイン振興会 評議員など。


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