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「人工知能時代」に求められる能力と学び方

安宅和人×為末大の未来対談

更新日 : 2016年08月31日 (水)

【後編】 より“人間らしい”能力が問われる時代へ

為末大 (元プロ陸上選手)
為末大 (元プロ陸上選手)

 
日本が目指すべきAIの方向性

為末大: 非常に刺激的なお話ばかりでしたが、今後は膨大な量の情報がAIの中に投入され、様々なことが自動化されていくわけですね。

安宅和人: 今後はあらゆるものにセンサーが埋め込まれ、それを活用するためのインフラ整備も進んでいくはずです。例えば、東京では2020年までに主要な道路にセンサーが埋め込まれる可能性が高い。“見えないレール”の上を自動運転車が走り、運転アシストと同時に、その他のデータも取得して事故を未然に防いだり、渋滞を解消したりといったことも実現するはずです。

為末大: なるほど。AIによって代替される職業を考えると、ルールやマニュアル通りに仕事をこなすだけの人は職を失う可能性が高くなる。知覚や感性、想像力を働かせながら、柔軟かつ総合的に対応し、価値を生み出せなければ今後は厳しくなると。

安宅和人: そもそも、感覚や想像力が豊かでなければ、現状を正確に把握できず、価値も生み出せません。相手の反応を正確に受け止め、正しい球を投げ返すという意味では、コミュニケーション能力も重要です。

為末大: なるほど。AIの進化と並行して、人間の役割も変わっていくわけですね。

安宅和人: そう言えば先日、日立製作所でウェアラブルセンサーを研究されている矢野和男さんと対談しました。『データの見えざる手』(草思社)という面白い本を書かれた人です。その際に話題となったのは、現在、海外の企業が主導するAIは言わば「大脳的なAI」であり、日本は「小脳的なAI」に取り組むべき、という話です。

大脳は高度な情報処理能力を持っており、小脳は大脳から大まかな指令を受け、それを微調整して身体全体に伝え、行動を制御する役割を担っています。小脳があるからこそ、人間は他の動物には真似できない細かい作業ができるわけです。言うなれば、「識別」「予測」は大脳的なAIに当たり、「実行」は小脳的なAIに当たります。

人間の大脳にある神経細胞(ニューロン)は2割に過ぎず、残り8割は小脳にあります。大脳的な研究は先行する海外企業に任せておき、器用で細かい作業が得意な日本人は、小脳的なAIの研究開発を進めるべき、という話になりました。さらに、外部からの侵略を防ぐ免疫的なAI、体のバランスを保つ機能を持つ「内臓の神経細胞」的なAIなども、日本は強みを発揮できるはずです。

為末大: なるほど。それは非常に面白い発想ですね。




AIがもたらす新たな問い

為末大: ビッグデータで訓練・学習するからAIが初めて意味をなす。とはいえ、無数にあるデータから意味のあるデータを選択し、AIに投げ込むのは人間の役割ですよね。

安宅和人: 簡単に言えば、従来の機械学習では、学習の指針となる「分析の軸」(特徴量)を人間が教え込まなければ、AIはアウトプットが出せませんでした。しかも、相当うまくチューニングしなければ、求めるような成果が出てこない。一方、多階層で情報抽出を行う深層学習を含むAIは、「こういったアウトプットがほしい」と指示を入れれば、自力で学習して特徴量を抽出し、アウトプットを出してくれます。

為末大: 何が重要か、その判断軸をAI自身で生み出せるようになったわけですね。その一方で、人間の役割に関連して、「未来の宗教はどうなるのか?」という問いが浮かんできました。AIによって労働や生活における問題の大半が解決されるのなら、人間はどのような悩みを持つようになるのか?悩みさえもある種のデータとして集められ、それを解決するシステムや装置が登場するかもしれません。その時、宗教に何らかの変化が生じる可能性があるのか?

安宅和人: 驚異的に難しい質問ですね(笑)。

為末大: すいません(笑)。何というか、人間の拠って立つ軸が変わっていくのかが気になって。

安宅和人: 宗教というものが、自分の信念や価値観、行動の判断基準のようなものだと仮定すれば、こうしたものの必要性は変わらないと思います。例えば将来、AIが「こう行動したほうがハッピーになる」と示しても、それは人として受け入れられない行動だ、といったケースも出てくるかもしれない。データ上の成功確率は高くても、モラルに反することなど、従来の倫理観が大きく揺さぶられるような場面が増えていくと思います。

為末大: クローン技術や遺伝子組み換え技術が登場した時のように、AIが進化していくことで、これまで人類が直面したことのない非常に難しい問いが新たに生まれてくる。

安宅和人: 他方では、AIが進化していくことで、自らの存在意義や内面を深く、深く見つめ直すことも増えていくはずです。近い将来ではなく、実はすでにそれは始まっているかもしれませんね。


セミナー風景



AI時代に求められる学びとは?

為末大: AIが指数関数的に進化していけば、僕達がいま「賢い」と認識する領域、「優秀な人間」の条件といったものもずれていくような気がしています。子ども達の教育はどうなるでしょうか?

安宅和人: 時代ごとに「自立した人間」として必要になるスキルがあります。ローマ時代はリベラルアーツと言われましたが、これからの時代を生きるためのリベラルアーツは何か?

1つ目は、母国語で論理的に物事を考えたり、伝えたりする力。2つ目は、世界語と言うべき英語で同様のことを行う力。3つ目は、人間らしい知覚を活かした課題発見能力と問題解決能力。情報を読み解くデータリテラシーや、AIなどを通じてそれを活用するエンジニアリング力なども、リベラルアーツに含まれるでしょう。

しかし、技術的な面に限って言えば、生まれた時から現在の状況が当たり前という世代には、今のお話も“空気化”する可能性が高いと思います。Windows95から段階を踏んで覚えてきた世代と、若い世代やこれから生まれてくる世代とでは、技術に対する感覚や捉え方がまったく異なるからです。

そう考えれば、今後はやはり、人間的な能力をどこまで高められるのかが重要になる。感受性や文脈を読む力、情報を結びつける力、物事を俯瞰的・総合的に捉え、正しい問いを立て、判断する能力。様々な経験を通して全身で世界を感じ、多様な人達とコミュニケーションする。技術を学ぶ以上に、人間本来の能力を強化していくことが大切です。

そもそも、私達の人生はデータで「正解」を導き出せるものではありません。今後もAIは進化していくはずですが、あくまでもそれは1つの手段であり、人生の主体は常に人間であるべき。ならば、AIをトコトン使い倒して楽しく生きていきましょう、というのが最後にお伝えしたかったことです。

為末大: AIと言うと「明るい未来か、暗い未来か」といった話になりがちですが、本来、未来というものは僕達自身の意思で自由に選択できるものです。ぜひ、皆さんと一緒に、楽しい未来、面白い未来を創っていきたいと思います。


気づきポイント

●AIは、高度な情報処理能力を持つ計算環境、膨大な量のデータが伴うことで、初めて真価を発揮する。
●AIの登場により、今後私達に求められるのは、より人間らしい能力、人間にしかできない役割となる。
●脅威と言われるAIも、1つの手段にすぎない。人生を選択するのは常にその人自身である。

該当講座


『為末大の未来対談』出版記念対談
『為末大の未来対談』出版記念対談

安宅和人(ヤフーチーフストラテジーオフィスサー)×為末大(元プロ陸上選手)スポーツ、教育、ビジネスの世界で活躍中の為末大氏が、人工知能、ロボット、ビッグデータや自動運転車などの科学技術の最前線で活躍されている10名との対談を著した『為末大の未来対談』(2015/12 プレジデント社)の出版記念セミナー。本においても第一章に登場される安宅和人氏がゲストです。


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