記事・レポート

書物の‘エスプリ’

本とは何か?~その答えを求めて

更新日 : 2020年03月17日 (火)

第5章 いつの時も、書物は私たちのすぐそばに


本読む姿を写す、描く

澁川雅俊:本を読まなければ、書物の‘エスプリ’を汲み取ることはできません。読書は人びとが森羅万象につながりを持つ方法であり、先人たちはそこから想像の翼を広げることで新たな知を生み出してきました。


『スティーヴ・マッカリーの「読む時間」』〔S・マッカリー著/創元社〕と、『読む時間』〔A・ケルテス著/創元社〕は、いずれも世界各国の‘読みふける’人びとの姿を捉えた写真集です。読書は常に個人的な行為ですが、これらの本に掲載された人びとからは、彼ら彼女らが感じている喜びが伝わってきます。


本を読む姿は、古来より絵画の重要なモチーフとなってきました。副題に「美術で辿る本と人との物語」とある『書物のある風景』〔D・トリッグ著/創元社〕には、ポンペイの壁画、浮世絵、セザンヌ、ゴッホ、マグリットから無名の画家や現代アーティストまで、本と人にまつわる300点超の作品が収録されています。時系列ではなく、異なる時代、異なる文化のもとに生み出された作品を隣り合わせることで、本を読むことが時を超越した人類共通の行為だと教えてくれています。権力者の独占物だった本が大衆化していくまでの変遷、争いにより数多の本が消えていった歴史、そして本が使い捨てにさえなりかけている現代まで、芸術が映し出す本の表情からも‘エスプリ’を感じ取ることができます。


本を読むときは一心不乱です。頭の中で何が起こっているかなど考えもしません。しかし実際は、目から取り込んだ情報を理解し、そこから想像を膨らませるのは脳の役割です。「ことばとビジュアルの間、目と頭の間」と副題が付された『本を読むときに何が起きているのか』〔P・メンデルサンド著/フィルムアート社〕では、アメリカのブックデザイナーが今までにない視点から読書について考察しています。

登場する本は主に小説作品が中心ですが、文字や文脈、デザインなどから抱くイメージに重点を置き、脳内で起こる一瞬々々の‘化学反応’を現象的な見地から解説しています。いささか難解ですが、その反応は読み手が求めるものごとの‘本質’(根幹にある性質・要素)とそのイメージにかかわっていると述べています。そして、読書を楽しむには、脳内で結ばれたイメージに拘ることをできる限り避け、自由自在に、想いのままに読み取るのが大事だと助言しています。

ここまで書物の‘エスプリ’について見てきましたが、最後にこんな絵画を思い浮かべました。1900年頃、オランダのニコラス・ファン・デル・ヴァーイが描いた「アムステルダムの孤児院の少女」〔アムステルダム国立美術館所蔵〕です。

忙しい勤めの合間、ふと手を休め、窓辺から射す柔らかな光を受けて佇む少女。彼女はどんな本を読んでいるのだろうか。一心に見つめるその本に、彼女は何を求め、何を託しているのだろうか。その本は判型からすると詩集と思われますが、彼女はこの本からどんな‘エスプリ’を感じ取っているのか。

——私はもうすぐ孤児院を出て、どこかの素封家に雇われるだろう。その屋敷にもさまざまな本があるだろうが、下女がそれに手にすることは許されまい。だから今、この詩集を何度も読み返し、一語々々を焼きつけておきたい。そうすれば、いつ何処にいても、それは私と一緒にいる。癒しだけではない。この詩が胸に刻まれていれば、この先、何があっても希望の灯火になってくれるはずだ——

かくして、この詩集の‘エスプリ’は、「書物は私の心」。


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