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いにしえの物語~この国は、いかに成り立しか

「古代史小説」を読む

更新日 : 2020年01月14日 (火)

第4章 権力をめぐって起こる役、乱、変

争いの裏にある人心を読む
澁川雅俊:どの時代でも紛争があります。一般に古代史では大規模な戦争を「役」、武力行使の有無にかかわらず政局が一変する出来事を「乱」、皇位継承時に起こった突発的な政治的・社会的事件を「変」としています。

『天の川の太陽〈上・下〉〈改版〉』〔黒岩重吾/中央公論新社〕は、作家初となる歴史小説で、壬申の乱が主題です。兄・天智天皇と弟・大海人皇子(天武天皇)の確執が頂点に達し、天智天皇を継ぐ実子・大友王(弘文天皇)との戦いが始まります。作家の推理力と想像力により、古代史上最大の内乱が躍動的に描かれています。『赤き奔河の如く』〔倉橋寛/風媒社〕は同じく壬申の乱を主題とした小説ですが、こちらの主人公は大海人皇子を支えた若き舎人たちで、彼らの青春群像劇となっています。

『皇子謀殺~天武の理想 持統の野望』
〔関裕二、梅澤恵美子/芸文社〕は、悲劇の皇子と呼ばれる天武天皇の子・大津皇子の物語です。幼少から才気にあふれた皇子は天武天皇から後継に指名されるも、天武天皇の皇后である後の持統女帝は快く思わず、権力の座を取らんとする藤原不比等に近づきます。不比等は皇子が謀反を企てているとして、皇子を自死に追いやることで権力を掌握し、後の藤原一族の栄華を手に入れます。



天武天皇の孫・長屋王はいずれ即位するとされていた人物ですが、不比等の子である藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)の陰謀により自害します。この「長屋王の変」を扱った『長屋王横死事件』〔豊田有恒/講談社〕は、事件の裏にある数々の謎を解くことに力点を置いています。なお、1980年代の発掘調査で長屋王邸跡とされる遺跡から大量の木簡が発見されており、大和朝廷の政治・社会を知る上で貴重な資料となっています。

こうした役・乱・変には必ず、蘇我入鹿、藤原不比等とその後継者たちの名が登場します。『飛鳥燃ゆ~改革者・蘇我入鹿』〔町井登志夫/PHP研究所〕は、歴史研究の成果を踏まえ、従来は悪者として扱われ、乙巳の変で暗殺された入鹿を古代日本の改革者とし、その知られざる実像に迫った作品です。

藤原不比等も、古代史小説の舞台回しとしてたびたび登場します。彼は天智天皇から藤原姓を賜った藤原鎌足の子で、藤原氏の家祖ともされる人物です。『天風の彩王~藤原不比等〈上・下〉』〔黒岩重吾/講談社〕では、壬申の乱により不遇を囲った不比等が持ち前の知謀と強運、武力によって昇進し、持統天皇の寵愛を受けて政治家として台頭。天皇の外戚を得ることで勢力を拡大し、やがて権力の頂点に立ちます。律令国家の実現を目指した表の顔、権力に執着する裏の顔など、不比等の波乱に満ちた生涯を描いています。


一方、黒岩重吾の絶筆『闇の左大臣~石上朝臣麻呂』〔集英社〕の主人公は、没落貴族出身の最下級役人です。壬申の乱で敗者に付いたため冷遇されるも、天武天皇の下で遣新羅大使となり、持統・元明の両女帝に重用され、最後は正二位左大臣(没後正一位)にまで駆け上がります。知略と情報を駆使し、混迷の世を生き抜いた男に迫る力作です。

『弓削道鏡〈上・下〉』〔黒岩重吾/文藝春秋〕は、名もなき氏族に生まれた男が法力を備えた僧侶から看病禅師となり、やがて病を得ていた孝謙(称徳)女帝に出会います。彼は政争に心を病む女帝を支え、急接近しますが、その愛は彼の出世とともに綻び始めます。『和気清麻呂』〔久井勲/作品社〕は、2人の破局を導いた「道鏡事件」の顛末を語っています。女帝の寵愛を受けた道鏡は太政大臣禅師から法王に出世し、遂には神託を得たとして女帝後の天皇位を狙います。しかし、下級官僚の和気清麻呂が神託の虚偽を暴き、その目論見を阻止します。ちなみに、

中央政権での内乱とは別に、朝廷に不満を募らせていた陸奥の民・蝦夷らの反乱も奈良時代後半に起こっています。東北を中心とした歴史小説の名手・高橋克彦は『風の陣〈全5巻〉』〔PHP研究所〕で、その顛末を大河ドラマ風に描いています。

奈良時代の朝廷、市井の人びと
澁川雅俊『穢土荘厳〈上・下〉』〔杉本苑子/文藝春秋〕は、長屋王の変から奈良への遷都、東大寺大仏建立に至る変遷を描き切っています。相次ぐ政争や女帝と藤原氏の確執、天変地異や疫病の蔓延により、奈良時代は皇族や貴族はもとより、民衆も難渋しました。『火定』〔澤田瞳子/PHP研究所〕は、絶望的な状況を迎えながらも天然痘の蔓延を食い止めんとする医師、罹病者を収容する施設で働く看護人たちの奮闘劇です。

秋吉台の近くにある長登銅山は古代から最高の銅を生産し、東大寺大仏建立にもそこで精製された銅が使われ、同じく精製に通じた若き鉱夫たちも都に派遣されました。『国銅〈上・下〉』〔帚木蓬生/新潮社〕は、蟻のごとく働き、都の女を愛し、万葉歌で心慰めながらも、帰郷が叶わなかった無名の者に目を向けた物語です。


『筑紫の風』〔吉森康夫/幻戯書房〕は、万葉歌人を代表する大伴旅人と山上憶良の物語です。都では朝廷での骨肉の争い、律令国家への急進、藤原氏の台頭など激動の時が流れていた裏で、遠く大宰府の地で和歌を通じて育まれた両歌人の友情を描いています。(了)



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