記事・レポート

『美』という21世紀の文化資本

今、日本人が見失ってはならないこと

更新日 : 2010年03月10日 (水)

第8章 懐古趣味の伝統から、未来を紡ぐ伝統へ

福原義春氏

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伊藤俊治: イサム・ノグチが「日本から学ばないのは日本人だけだ」と言ったことがありますが、海外の人たちはいろいろなことを日本から得ているし、膨大な日本の文化資本が広がっているのに、日本の企業や日本人が、それをうまく自分たちの未来のために使えないというのは、非常に不幸なことだと思います。

伝統という言葉は使い方が難しいのですが、人間が現在において文化を営んでいく営みそのものが伝統だということに、私たちは気づかなければいけないのではないでしょうか。新しい物質や技術や環境が現れたとしても、そうしたものを自分たちの内に取り込んで統合して、未知なる世界を構築していく活動を、私たちは「伝統」という言葉で表現しなければいけない時代に生きているのだと思うのです。

今の日本は、伝統が伝統としてわれわれの中にちゃんと息づいていけるか、非常に危機的な状況ですが、その価値の基盤といったものを失わないように、常にわれわれがそこに戻っていって、それらと共存しながら、何か新しい意味づくりをしていく必要があると思います。

福原義春: そうですね。伝統というと、古いものを保存するだけに終わってしまうのですが、そうではないと思います。

町づくりのご相談を受けることがよくあるのですが、相手の方は大抵「わが市には歴史的なこういう資産がある、それを観光名所にしたい」とおっしゃるのです。私は「確かにそういうものを大事にすることは必要ですが、歴史的資産を持つと同時に、町の新しい文化活動やスタイルをつくって、現在暮らしている住民が喜び、他の町の人がうらやむようなものを創造していかないと。観光の人は一遍来たら、それでおしまいじゃないですか」とお話しするのです。そうすると、相手の方は二度と来なくなっちゃうんですが(笑)。

今、それが割合うまくいっているのは金沢だと思います。金沢は本当に伝統的なものを若い人に伝えるようにしています。伝統工芸・美術の街で現代美術を紹介して大成功している金沢21世紀美術館もありますし、金沢はうまく共存しているように思います。

伊藤俊治: 美を感じて、美を考えるとき、一番大切なのは自然や生命との関係だと思います。美というのは時代や国、民族や集団によっていろいろなバリエーションがありますが、“美しい”と思うわれわれの感覚は、自然や生命の仕組みと非常に密接に結びついていて、「美の体系というのは、われわれと自然や生命の間の関係性だ」と言っていいような気がします。

自分たちの生活の中に美がない、美が欠けていると感じるのであれば、それはやはりわれわれ自身の生活が、自然観や生命力を失ってしまっているからだと思います。われわれはもっとわれわれの中にある自然観や生命力を作動させて、生のリズムをうまく動かしていかなければいけない。そのためには日々の生活の中で情緒・感覚を働かせて、美しいと感じることを拡大させていく必要があると思います。

今日、福原さんとお話しして、美の記憶の世界といったものとわれわれが、もう1回新しい形でつながることが、21世紀の日本がよりどころにする、非常に重要な資源・資本なのではないかという気がしました。今日はどうもありがとうございました。(終)

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福原義春 (株式会社資生堂 名誉会長)
伊藤俊治 (東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授)

福原義春(㈱資生堂名誉会長)
伊藤俊治(東京藝術大学教授)


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