記事・レポート

住職に学ぶ、集中力を高める方法

~六本木で煩悩リセットいたしませう~

更新日 : 2010年01月25日 (月)

第4章 集中力を高める方法

小池龍之介氏

小池龍之介: 人はどうしても強い刺激に釘づけになるのです。大嫌いな音や嫌な思い出ほど、むしろ釘づけになります。ほかにやるべきことがあっても、何回もそこに意識が飛んでいってしまうのです。それは刺激が強いからです。刺激が強いものに対して、心は集中しやすいという構造があります。

例えば、自分が大好きな映画だったら集中できます。ドキドキさせてくれるからです。しかし、それをずっと見ていても、当然ながら集中力はつきません。なぜかというと「欲望を喚起する激しい刺激には心が釘づけになるけれど、そうでなければ集中できない」という条件づけが出来てしまうからです。欲望の煩悩が強くなるということです。強い刺激に身を任せると、失敗のもとになるのです。

集中力を鍛えるには、ニュートラルな対象に意識を向けるべきです。刺激を求めて心が勝手に吸い寄せられてしまう対象ではなくて、より難易度が高いものを相手にして集中しようと試みるのです。見ることに集中する、聞くことに集中する——そのつど対象に意識を固定することで、はじめて自分で制御できる集中力が得られるのです。

心のノイズを消去して集中する簡単な方法は、中性なニュートラルな感覚、苦でも楽でもない感覚に集中しようとトライしてみることです。歩くときに、「ちゃんと足がついた」「今、つま先がついた」「今、足が離れた」と集中していると、心がとてもリフレッシュします。ふだんものすごい量の情報が流れ込んでパンクしそうになっている心の情報処理が一時止まって、ありありとしたリアルな感覚にちゃんととどまれるようになるのです。

集中すると心地よいことは、誰しもが知っているはずです。集中して仕事をしているときは、とても充実しているはずです。ただの掃除であっても、始める前は「やりたくないな」と思っていても、集中してくると充実してきて、掃除がやめられなくなったりします。単純作業は集中しやすいのです。

何かに触れるときに、ちょっと工夫をしてみるといいでしょう。皆さんは今、座っていらっしゃいます。お尻がイスに当たっています。その感覚に意識を向けてみてください。集中しないときと比べて、明らかに違いがあるでしょう。そこに感覚があって、「こういう物に触れているな」「こういう材質だな」「こういう温度だ」「こういう堅さだ」という情報が入力されてくるでしょう。

こうした膨大な情報を入力せずにほったらかしにすることを、仏教では「無知」と言います。仏教でいう「無知」とは頭の良し悪しではなく、「情報を認識しているか、認識していないか」ということを意味します。

心が情報を認識していないとき、心は何をしているかというと、さまよっています。こうしたときは、たいていネガティブなものに吸い寄せられ、心配になったり、不安になったりするのです。

「業」がたくさんある以上、意識が逸れるのは仕方がありません。しかし、意識を戻して集中する習慣をつけることで、本来のなすべきことに戻しやすくなるのです。話を聞いている最中に、つまらなくなって別のところに飛んでいってしまったら、それに気づいて意識を話に引き戻してみる。グーッと聴覚に集中してみると、聞こえ方が少し変わるはずです。

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煩悩リセット稽古帖

小池龍之介
ディスカヴァー・トゥエンティワン

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