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住職に学ぶ、集中力を高める方法

~六本木で煩悩リセットいたしませう~

更新日 : 2010年01月06日 (水)

第2章 ネガティブな思考はクセになる

小池龍之介氏

小池龍之介: 苦痛や快楽の刺激以外に、もう1つ「中性」、つまり、ニュートラルな刺激があります。

例えば、こうしてステージを歩きます。歩く感覚そのものは、とくに気持ちいいわけではないし、ものすごく不快なわけでもないでしょう。つまり、歩くことには皆さん興味がないのです。決めつけるわけにもいきませんが、多くの人は興味がありません。だから、「さっきの1歩と比べて、今の1歩はどういう角度だったか」「今、どんな刺激が足の裏に走ったか」と、朝から晩までたぶん1回も意識していないはずです。

重要なのは、このニュートラルの感覚です。歩くという行為は朝起きてから夜寝るまで頻繁に行われていますが、心はそれに興味をもっていません。いつも一緒にいる同僚や恋人、配偶者もそうかもしれません。最初は新鮮に感じますが、慣れていくにしたがい、だんだん刺激が失われて、意識が向かわなくなります。

「意識が向かわない」というのは、実は集中していないことの本質です。「集中する」とは、何かに対して意識を釘づけにすることだからです。どうして歩く感覚に興味がないのか、もう一度考えてみてください。それは刺激がなくてつまらないからです。脳はいつもビリビリビリッと刺激が欲しい、刺激を求めているのです。

例えば、夜、布団で横になっているときには刺激がありません。刺激がないので、心は「何でもいいから刺激が欲しい」と思います。すると、それまで全然聞こえていなかった時計の音が、急にチクタク・チクタクと聞こえてきたりします。たったそれだけでも刺激がない状態からすると、「ああ、刺激的だ」と感じることができるのです。

さらに、布団の中でいろいろ考えはじめます。心に刺激を一番強く生じさせることができるのは「思考」だからです。目、耳、鼻、口といった体の感覚よりも、思考は大きな刺激を生み出します。だから、「つまらないな」というとき、人は思考をグルグルグルと回転させはじめます。さらに、心地よい、穏やかな幸せな刺激より、「あいつめ、大嫌いだ」とか「上手くいかないんじゃないだろうか」という思考の方が刺激的なんです。そういうネガティブな思考は刺激的であるがゆえに、病みつきになります。

このように、「ニュートラルな感覚が大嫌い」というのは、人間のみならず、あらゆる生き物が背負っている本能のようなものです。しかし、それゆえにさまざまなひずみが生じるのです。心は刺激を欲して考え事をはじめる。そのとき考える内容はたいてい煩悩なんです。建設的な欲望ならまだしも、たいていネガティブなことなのです。

生活のほとんどの刺激はニュートラルなものが占めています。並外れて不快なもの、並外れて快楽な刺激が一日中降り注いでいるわけではなく、生活の基本的なところ、地に足のついたところは、ほとんどニュートラルな事柄で成り立っています。

そうすると刺激がないので、気がつくと心が逃げてしまいます。その心の反応、クセのようなものを「業」と言います。ある人は、赤ん坊の泣き声を聞くと不快になってしまう。それは「不快にならないでおこう」と思っても無駄で、完全に記憶という名前の「業」に操られているから、不快になってしまうのです。このような刺激がビリビリッと電気ショックのように走ると、心は「もっと欲しい」「嫌だ」「心が迷う」、3ついずれかの反応をします。この3つの反応を「心の3元素」と言います。

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小池龍之介
ディスカヴァー・トゥエンティワン

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